表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/93

二つに割れる城下町


 運ばれてきたレモネードを、レイラはゆっくりと喉へ流し込んだ。


 冷たい液体が舌を滑り、次の瞬間、甘酸っぱいレモンの風味が口の中いっぱいに広がる。

 火照っていた身体が、内側からすっと冷えていくようだった。


 普通のレモネードと比べて、どこか甘みが強い。


 レイラはグラスを少し持ち上げ、液体を光に透かしてみた。


(砂糖……? それとも蜂蜜?)


 ほんの僅かな粘度の違い。

 味の奥に残る柔らかな甘み。


 街の飲み物一つにも、その土地の文化が出る。

 旅を続ける中で、レイラはそういう細かな違いを見る癖がついていた。


「少し酸っぱいけど、甘くて美味しいのにゃ」


 ミレが嬉しそうにジョッキを両手で抱え、ぐいっと飲む。


「マジュリアの物よりも少し甘いわね」


 リナが続けた。


 ミレがぱちりと目を瞬かせる。


「マジュリアにもレモネードあるのにゃ?」


「えぇ。もう少し酸味が強いけどね」


 リナは淡々と答える。


 すると、背後から明るい声がした。


「少しだけ蜂蜜を足して甘くしてるんです!」


 振り向くと、看板娘のカレンが笑顔で立っていた。


「喉のリフレッシュにもなるので、音系の妖術を使う方々に人気なんですよ!」


(音系の妖術……)


 レイラはその言葉を頭の中で反芻する。


 この街には音術の使い手が多いのだろうか。

 それとも、宗教儀式と関係があるのか。


 まだ断定はできない。

 だが、この街の宗教文化と術体系には、何かしらの繋がりがある可能性が高い。


 その時、カウンターから声が飛んできた。


「カレンちゃ〜ん! こっちのお客様にも注文とってあげて〜!」


「わかりました!」


 カレンは元気よく返事をし、再びこちらへ軽く会釈した。


「それではごゆっくり」


 明るい笑みを浮かべたまま、軽やかな足取りで店内へ戻っていく。


 その背中を見送りながら、リナが壁に掛けられたタペストリーへ視線を向けていた。


 月と太陽。


 だが、その顔は奇妙だった。


 人とも獣ともつかない歪んだ表情。

 どこか不気味で、同時に強い神秘性を帯びている。


(タペストリーは神話そのものが描かれている場合が多い……)


 リナは思考を巡らせる。


(ということは、あの奇妙な顔の太陽と月が神の姿?)


 彼女は歴戦の科学者だ。

 これまで数え切れないほどの異形の妖怪を見てきた。


 だが――


(完全に生物から逸脱した姿……)


 ここまで象徴的な存在は、見たことがない。


 生物というより、概念に近い。


 まるで“天体そのもの”が人格を持ったような造形。


(宗教の象徴……それとも、本当に存在する神格?)


 判断はまだつかない。


 だが、この街の宗教体系は明らかに普通ではない。


 その時、レインが静かに口を開いた。


「宝様は確か、東城下町の教会に行ったはずです」


「ならば、あちらが藍涙の情報を手に入れる可能性が高いですね」


 レイラは頷いた。


 東城下町。


 藍涙信仰の中心地。


 対して、ここ西城下町は別の神を崇拝する地域。


 街は一つなのに、宗教が真っ二つに割れている。


 この構造が、今回の干害問題と無関係とは思えなかった。


「この国は……」


 ナミダがゆっくりと口を開く。


「同じ城下町の中に、二つの宗教分派があります」


 彼女の声には、どこか沈んだ響きがあった。


 そして懐から一枚の紙を取り出す。


 城下町の地図だった。


 中央の水神広場を境に、左右がはっきり色分けされている。


 東側は青。


 西側は赤。


 それは単なる地図ではない。


 人々の分断そのものだった。


「藍涙……水神を崇拝し、他の神の宗教を排斥しようと動いている東城下町」


「そして、月と太陽の神を信仰し、藍涙を排斥して新たな妖将に加えようとしている西城下町」


 静かな声だった。


 だが、その言葉の重さは十分すぎるほど伝わる。


 レイラは腕を組み、思考を巡らせた。


(二つの宗教勢力……)


(しかも互いに排斥し合っている)


 宗教対立。


 それは歴史上、必ず大きな争いを生む。


 だが――


 街を歩いている限り、表立った争いは見当たらなかった。


 そこに違和感があった。


 すると、ミレが首を傾げた。


「けど、あんまり争ってなかったにゃ……」


 レイラも同じ疑問を抱いていた。


(そう……そこが不自然なのよ)


 敵対宗教が同じ街に存在する。


 それなのに暴動が起きていない。


 その理由は――


 必ずどこかにあるはずだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ