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狂気の信者

 瓦礫の山の向こうから、麗華がひょこりと顔を出した。


「すねこすりちゃん、凄い……」

「一人でアイツを撃破するなんてな」


 崩れた街区一帯には、まだ乾いた妖気の残滓が漂っている。麗華は両手を広げ、地形全体へ修復の妖術を流し込んでいた。ひび割れた地面がゆっくりと繋がり、崩落した壁面が音もなく組み上がっていく。


 その傍ら、瓦礫の上にちょこんと座る小さな影。


「キュゥ……」


 先ほどまで街を更地に変えたとは思えない、丸い体躯。すねこすりは大きく伸びをして、いかにも「疲れました」と言わんばかりに尻尾を揺らした。


「茜を助けてくれてありがとうな」

「キュゥ……♪」


 頭を撫でると、嬉しそうにじゃれついてくる。


(変身能力に加えて、音を操る妖術……それも上妖級を単騎撃破できる出力)


 愛らしい仕草に思わず頬が緩むが、同時に違和感も拭えない。


(あの渇久という妖怪、上妖にしては異様な強さだった。他とはワンランク違う)


 これまで何度も上妖クラスと刃を交えてきた。だが、あの重騎士のような存在は明らかに格が違った。特妖の領域に片足を踏み入れていると言っても過言ではない。


「宝……茜ちゃんは?」

「肋骨が二本砕けているが、命に別状はない。じきに目を覚ます」


 麗華が胸を撫で下ろし、懐から回復薬を取り出して茜に飲ませる。


(その渇久を単騎で打ち倒したすねこすり……なぜこんな妖怪が馬車の中にいた)


 特妖――神の一種とまで称される存在にも引けを取らぬ強さを見せた小妖怪。それが何の変哲もない馬車に紛れていた事実が、状況をより不可解にする。


(大狒々と渇久で強さの振れ幅が大きすぎる。この国は……何かがおかしい)


 考え込んでいると、腕の中の茜が小さく身じろいだ。


「ん……お兄ちゃん」

「起きたか、茜」


 頭を押さえながら身体を起こす。オレンジの瞳には、悔恨の影が濃く浮かんでいた。


「ごめん……あんなに言ったのに、渇久を倒せなかった」


 崩壊した教会でこぼれ落ちた謝罪。


 俺はその言葉を包み込むように告げる。


「無理もない。渇久は上妖の中でも次元が違った」


 実際、あの強度と妖力量は常軌を逸していた。そんな相手と一瞬とはいえ拮抗したのだ。


「渇久を相手によくあそこまで戦った」


 茜を抱き寄せ、頭に手を置く。


「お前は自慢の妹だ」


 ゆっくり撫でると、瞳から温かな雫がこぼれ落ちた。


「お兄ちゃん……」


「宝〜! 教会は直ったよ!」


 修復を終えた麗華が駆け寄る。


「すねこすりちゃんも茜ちゃんもお疲れ様! すごい戦いだったよ!」


「麗華さん……ありがとうございますッ!」

「キュゥ!」


 張り詰めていた空気が、ようやく緩みかけたその時だった。


 ――ぱち、ぱち、ぱち。


 暗がりの奥から、拍手の音が響く。


 称賛にも嘲笑にも聞こえるその音は、ゆっくりと近づいてきた。


「拍手?」


 司祭もシスターも壊滅したはずだ。


(なら、この音の主は誰だ)


 警戒を強めると、闇の中から赤いマントが揺れた。現れたのは金髪の男。細身の体躯に、どこか舞台役者じみた佇まい。


 だが、その纏う空気は掴みどころがなく、底が見えない。


「実に素晴らしい決闘でございマシタよ」


 男は滑るような足取りで歩み寄る。本能的に茜を背に隠す。


「いきなり現れて拍手とはな。アンタは何者だ」


 鋭く問うと、男は大げさに両手を上げ、後ずさる。


「おっと……これは失礼。礼儀がなっておりませんでした」


 マントを広げ、胸に手を添えて一礼。芝居がかった所作。


「ワタクシの名はレイバトス。水神・藍涙様の忠実なる信徒にして、その御存在を証明せんとする探求者でございマス」


「レイバトス?」

「茜ちゃん、知ってる?」


 麗華の問いに、茜が小さく頷く。


「この教会の宗派……干天教の最高司祭。自分の信仰する神の骸を探し出して、存在を証明しようとするって噂の……」


「おぉ、ワタクシを知る者がいるとは! なんと運命的な巡り合わせ!」


 レイバトスは両手を広げ、天を仰ぐ。


「これぞ藍涙様の寵愛! あぁ、一刻も早く御姿をこの目に焼き付けたい! 網膜があの御方を欲しているのです!」


 興奮気味にまくし立てる姿は、熱狂的な信徒そのもの。


「なんか……すごい人だね」

「あぁ……」


 ひとまずは、ただの狂信者にしか見えない。


 だが、その目の奥に宿る光は――どこか、底知れなかった。

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