守護妖獣、すねこすり
足元から、小さな鳴き声が響く。
「キュゥ……!」
その愛らしい声とは裏腹に、すねこすりの瞳は鋭く、三メートルを超える渇久を真正面から射抜いていた。
次の瞬間――空気が震える。
もこり、と不自然な音。四肢が内側から膨張し、毛並みが逆立つ。骨格が軋み、関節が拡張し、体躯が引き伸ばされていく。
丸みを帯びた小動物の姿は、瞬く間に筋肉の鎧を纏う魔獣へと変貌した。
「ぐオォォォォ!!」
空間を震わせる咆哮。
それは単なる音ではない。圧縮された妖力が衝撃波となり、放射状に炸裂する。
崩れかけていた教会は内側から爆散。石壁が弾け、ステンドグラスは七色の破片となって空中に舞う。半径数百メートルの窓ガラスが一斉に砕け、破片が雨のように降り注いだ。
〈『上妖』すねこすり〉
「渇く……」
対する渇久は揺るがない。重鎧が鈍く軋み、戦斧を担ぎ直す。踏み出す一歩ごとに地面の水分が奪われ、路面が白くひび割れていく。
そして――
両者が同時に地を蹴った。
轟音。爆撃にも似た衝突。
衝撃波が街区を薙ぎ払い、外壁が連鎖的に崩落する。マンホールが宙を舞い、電柱が根元からへし折れた。
すねこすりの前足と、渇久の戦斧が真正面から噛み合う。
ギリギリ、と空間が悲鳴を上げる。
「グォォォォ!」
「渇く……渇く!!」
鎧の隙間から乾きが噴出する。周囲の湿度が強制的に奪われ、アスファルトが粉化。空気すら歪み、陽炎のように揺らぐ。
すねこすりの毛並みが瞬時に乾燥し、皮膚が裂ける。
(乾燥領域……長引けば削られる!)
その激突の最中、麗華は瓦礫の中から茜を引きずり出していた。
「茜ちゃん、今のうちに!」
「ゲホッ……すみません……」
動けない茜を物陰へ退避させる。上空では二体の巨影がぶつかり続けている。
渇久が力任せに押し込み、すねこすりを数十メートル後退させた。地面が削れ、深い溝が刻まれる。
横薙ぎ。
すねこすりは跳躍。しかし刃が肩を掠め、鮮血が霧状に散る。
「ガァァァッ!」
着地と同時に反撃。
[『轟音妖術』音速突進]
後脚に妖力が凝縮。踏み込みと同時にクレーターが形成され、音の壁を破る衝撃波が一直線に街路を裂いた。
砲弾と化した巨体。
渇久は正面から迎撃。
[『枯渇妖術』枯れた斧]
斧が振り下ろされる瞬間、周囲一帯の湿度が消失。空気が裂け、雲が吸い寄せられる。
閃光。
爆風。
三棟の建物が同時に崩落し、地盤が沈下。地下の水道管が破裂し、蒸気が噴き上がる。
拮抗。
だが均衡は刹那。
「グオォォォ!!」
すねこすりが咆哮し、全体重を前足へ。
純粋な筋力が乾きの妖術を押し返す。戦斧が軋み、鎧が歪む。
「渇ぐ……!」
渇久が後退。アスファルトに深い溝が刻まれる。
だが即座に地面へ戦斧を叩きつけた。
衝撃が地中を疾走。
次の瞬間、すねこすりの足元から乾いた亀裂が放射状に広がり、半径数十メートルが砂のように崩壊する。
「グッ……!」
体勢が崩れた一瞬。
上空から跳躍斬。
逃げ場のない軌道。
だが、すねこすりは退かない。
額のツノへ妖力が凝縮。光が収束する。
「ガウゥゥゥ!!」
突き上げ。
ツノと戦斧が正面衝突。衝撃波が上空の雲を吹き飛ばす。
数秒の鬩ぎ合い。
そして――
バキィ、と金属の破断音。
戦斧に亀裂。
「渇……」
筋力が上回った。
ツノが戦斧を砕き、そのまま胸部装甲を貫通する。
「ガァァァァ!!」
鎧が爆散。乾いた妖気が噴き出し、巨体が数十メートル吹き飛ぶ。三棟を貫通し、瓦礫の山へ激突。
地響きが止む。
中央に大の字で倒れ伏す渇久。
「渇……ぐ……」
鎧が崩れ、妖気が霧散していく。
すねこすりがゆっくりと歩み寄る。瓦礫を踏み砕きながら。
「グルルル……」
渇久は起き上がろうとするが、胸の傷口から妖力が止めどなく漏れる。
「渇……」
その言葉を最後に、完全に沈黙。
周囲は更地。
教会は消失。街区は半壊。道路は陥没し、粉塵が空を覆う。
戦闘時間、わずか数分。
残ったのは圧倒的な破壊痕のみ。
やがて巨体が縮小する。筋肉が収束し、毛並みが柔らかく戻る。
「キュゥ……」
瓦礫の上にちょこんと座る小さなたぬき。
だが事実は変わらない。
上位妖怪同士の激突は、街の一角を地図から消し飛ばして終結したのだった。




