表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/82

乾きの重兵

 現場に立ち込める重たい妖気。それは威圧などという生易しいものではない。

 この場にいる全員へ等しく突きつけられた、冷酷な死刑宣告だった。


 ぴとり、ぴとりと水滴が落ちる音がやけに大きく響く。だが次の瞬間、その音は途切れた。


 空気が乾いている。肺の奥が焼けるようにひりつく。


「お兄ちゃん……」

「あぁ、新手だ。しかも格が違う」


 直後、教会の外壁が内側から爆ぜた。石材が砕け散り、衝撃波が祭壇を薙ぎ払う。粉塵の向こうから現れたのは、青く鈍く光を反射する重鎧。


 全高三メートル超。肩に担がれた巨大な戦斧が、地面に深い影を落とす。


〈『上妖』渇久(かわしえ)


「…………渇く……渇く……」


 鎧の隙間から漏れる妖気が、周囲の水分を奪っていく。床石が白く粉を吹き、ひび割れが蜘蛛の巣状に広がった。


 俺が構えた瞬間、茜が前に出る。


「茜?」

「お兄ちゃん、コイツはあたしにやらせて」


 短剣を抜く。その目に宿るのは、灼熱よりも鋭い闘志。


「成長したあたしを、見せたいから」


 相手は上妖だが、その妖気の密度が段違いだ。

 今まで相手にした上妖共とは数段違う強さ。


 不安はある。


 だが――


(茜が、この領域でどこまでやれるか見たい)


「わかった。やってみろ」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 嬉しそうに一瞬だけ笑い、即座に戦闘の顔へ切り替わる。


 その刹那。


 渇久の巨体が消えた。


「きえ――」


 次の瞬間、戦斧が眼前。


 瞬間移動と錯覚するほどの踏み込み。茜は本能で身体を捻る。


[『夕焼妖術』夕蜘蛛(スパイダー)


 赤橙の妖糸が空間に編み上がる。灼熱の蜘蛛の巣が戦斧を受け止めた。


 激突。


 衝撃波が半径数十メートルを薙ぎ払い、教会の天井が崩落。瓦礫が雨のように降る。


「くっ……重い……!」


 受け止めたはずの斧が、さらに重量を増す。


「渇く……」


 湿度が消える。妖糸が急速に乾燥し、パキパキとひび割れる。


(乾きを吸収して質量を増してる……!)


「茜、横だ!」

「うん!」


 防御を捨てて跳躍。


 直後、戦斧が振り抜かれた。風圧だけで延長線上の建物六軒が連鎖崩壊。石と木材が砂のように崩れ、大地が裂ける。


 だが茜は着地と同時に反撃へ移る。


 妖糸を足場に高速旋回、死角へ潜り込む。


[『夕焼妖術』灼縫連斬(スコールシャワー)


 無数の斬撃が鎧を包囲。火花が弾け、鋼鉄が削れる。


 浅いが――確実に通っている。


「渇く……」


 鎧が軋み、逆に乾燥領域を爆発的に拡張。半径百メートルの水分が奪われる。茜の唇がひび割れ、喉が焼ける。


(妖力まで吸われる……!)


 だが止まらない。


 渇久の横薙ぎを紙一重で回避。返す刃で関節部へ突き立てる。


 ギン、と硬質な手応え。


 鎧の可動部に刃が食い込んだ。


「……!」


 初めて渇久の動きが止まる。


 だが次の瞬間、回転斬撃。


「――っ!」


 直撃は避けたが、衝撃波で壁三枚を貫通。茜は瓦礫に叩きつけられる。


「がっ……!」


 肋骨が軋む。それでも立つ。


(まだいける……!)


 再突撃。


 今度は真正面から。斧と短剣が何度も交錯する。火花が散り、地面が砕け、教会跡地がさらに陥没。


 渇久の斧が振り下ろされる。


 茜は妖糸を爆縮させ、斧の軌道をわずかに逸らす。そのまま懐へ。


 至近距離。


 全妖力を込めた一突き。


 刃が胸部装甲に深く刺さる。


「はぁぁぁぁ!」


 乾燥領域と夕焼の妖力が拮抗。空間が軋み、爆ぜる。


 衝撃で周囲三棟が同時崩落。地面が波打つ。


 だが、鎧は完全には貫けない。


「渇く……」


 逆に妖力を吸われ、茜の膝が揺れる。


 背後からの回し斬り。


 防御が間に合わない。


 直撃。


 再び吹き飛ぶ。地面を転がり、血が飛び散る。


「く……!」


 それでも短剣を握り直す。


 渇久が歩み寄る。足跡の周囲が白く枯れ、石が粉化する。


 速度、威力、持久力。確かに上。


 だが――


 鎧には確実に傷が増えている。


 茜も限界が近い。だが渇久の動きもわずかに鈍った。


 接戦だ。


 戦闘開始から数十秒。街区は半壊。小規模災害級の被害。


 渇久が戦斧を振り上げる。


 終わる――誰もがそう思った瞬間。


「キュゥ! キュゥ!」


 場違いな小さな鳴き声。


 麗華が視線を落とす。


「……すねこすりちゃん?」


 荷車で見かけた小さな妖怪が、渇久を睨み据えていた。


 その瞳は、怒りに燃えている。


 そして空気が、再び震え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ