傷跡の冒険者との同盟
朝の光が障子越しに差し込む。
鳥の囀りと共に、俺――宝はゆっくりと目を開けた。隣では、ミレが小さな手で目をこすっている。
その目元には、昨夜の涙の跡がまだうっすらと残っていた。
「ミレ、目が赤いぞ。……何か、あったのか?」
俺が声をかけると、彼女は一瞬だけ表情を強ばらせた。
だが、すぐにいつもの調子で、耳をぴょこんと立てて笑う。
「な、なんでもないのにゃ。寝相が悪かっただけにゃ!」
その笑顔はどこか無理があった。
俺は一歩踏み込もうとして――やめた。
問い詰めるのは簡単だ。だが、まだ彼女が言葉にできない傷があるのだとしたら、無理に開かせるべきではない。
「……そうか。だが、もし辛くなったら我慢せず言えよ。お前は、俺の大切な仲間だからな」
その一言に、ミレの尻尾がわずかに震えた。
彼女は俯いたまま、小さく呟く。
「……ありがとうございますにゃ」
そうして俺たちは宿を後にし、今日の目的地――ポップタウン中心区へと向かった。
朝の通りは、活気に満ちていた。
屋台からは香ばしい匂いが立ち込め、パンを焼く音、鍋をかき回す音、冒険者たちの笑い声が入り混じる。
この賑わいが、もうすぐ脅かされるかもしれない――そう思うと胸が少し締めつけられた。
「ご主人、あれ見て! 魚屋さんにゃ!」
ミレが指差す先には、煙を上げる焼き魚の屋台。
塩が弾け、脂が滴る音が腹の虫を誘う。
「川魚の塩焼きが食べたいのにゃ!」
「了解だ。噴水の方で待っててくれ」
ミレが尻尾を揺らしながら走り去るのを見届け、俺は魚屋へと足を向けた。
屋台の前にはすでに一人の男が立っていた。
黒い詰襟の服、右頬に一筋の古い刀傷。
背中に背負う剣は刃こぼれ一つなく、手入れの行き届いた逸品だ。
「川魚の塩焼き、三つ頼む」
落ち着いた声。
その声音と、背中に漂う“殺気の残り香”に、俺は思わず目を細める。
「アンタも魚好きなのか?」
視線が交わる。
互いに言葉は少ないが、一瞬で理解できた――この男、只者ではない。
「パーティメンバーが勧めてな。ここの魚は絶品らしい」
「はは、通だな。ここの塩は山間の岩塩だ。旨味が違う」
店主が割り込むように、元気な声を張り上げる。
「はいはい、川魚五匹分でいいね? 650銭!」
俺と男は顔を見合わせ、無言で325銭ずつ出した。
塩がはじける音が耳に心地よい。
「まいどあり! 焼き立てだよ!」
香ばしい煙とともに、割り箸に刺さった魚が手渡される。
その湯気に包まれながら、男がふと口を開いた。
「……アンタ、戦場を知ってるな」
「何故そう思う?」
「歩き方だ。無意識に利き手を守る癖がついてる。命を懸けた奴の足取りだ」
図星だった。
俺は薄く笑い、黙って魚を受け取った。
「柳一だ。」
「宝だ」
そのまま並んで歩き出すと、行先は偶然にも同じ噴水広場だった。
噴水の縁では、ミレが尻尾を揺らしながら手を振っている。
「ご主人やっと帰ってきたにゃ!」
「すまん、少し面白い奴に出会ってな」
ミレの視線が俺の隣に移る。柳一を見て、わずかに耳がぴくりと動いた。
だが、彼女の警戒が強まる前に、後方から豪快な声が飛んできた。
「おーい柳一! そっちの奴が例の冒険者か!」
振り返ると、肩幅の広い鉱夫風の男と、きっちりした軍服の女性がこちらに歩いてくる。
「オレは野助! この真面目そうなのが玲だ! よろしくな!」




