水のマシンガン
司祭が勾玉を高々とかざした瞬間、礼拝堂を満たしていた静寂が引き裂かれた。
凄まじい暴風が渦を巻き、長椅子が軋み、燭台の炎が横殴りに流される。聖職服は今にも裂けそうなほどにはためき、石造りの床にまでひびが走った。
その中心で、勾玉が蒼く発光する。
「来るよ!」
麗華の警告とほぼ同時だった。
[『涙爆妖術』涙の礫]
空気中の水分が強引に引き剥がされ、勾玉の前に凝縮される。
青い水塊は瞬時に弾丸へと変質し、理を無視した加速で射出された。音が遅れて追いかけてくる。
「はぁ!」
大剣で真正面から打ち払う。衝撃は腕を痺れさせるほど重い。だが軌道を逸らすことには成功した。
弾丸ははるか後方の壁を貫き、教会のステンドグラスをまとめて粉砕する。砕け散った色硝子が、陽光を受けて光の雨となって降り注いだ。
それが、開戦の号砲となる。
「撃ちなさい! 奴らを逃がしてはなりません!」 「神の名のもとにここで果てるが良い!」
左右の回廊、二階席、祭壇裏。三方向からクロスボウが一斉にこちらへ向けられる。
包囲は最初から完成していた。
「散開しろ、一箇所に固まるな」
「了解!」
茜と麗華が同時に跳ぶ。
十字砲火の中心を外す動き。だが――
クロスボウの照準は、二人を正確に追尾していた。
[『水射妖術』雨の矢]
水の矢が一斉に生成され、弦が引き絞られる。次の瞬間、礼拝堂が白い軌跡で埋め尽くされた。
弾速は常識外れだ。狙撃銃を凌駕する速度で、しかも軌道を自律修正する。
「マシンガンだね!」
「凄い弾速……!」
茜は壁を蹴り、柱を踏み台に急旋回。水矢が床と壁に突き刺さり、石材を爆ぜさせる。麗華は身を沈め、回転しながら最小動作で回避を重ねる。
だが着地の瞬間、視界の先に槍の穂先が並んだ。
「ここで串刺しとなり、神の供物になるが良い」
「突きィィィィ!」
完璧に連携された近接部隊。退路は潰されている。
「鍛えられてるね!」
麗華は身体を弓なりに反らし、紙一重で槍をかわす。その刹那、空間に桃色の光が走った。
「こっちの番だよ」
桜のレイピアが見えない角度から生成される。振り抜きは一閃。
ガシャリ、と硬質な音。鋼鉄の槍穂が、まるで紙細工のように両断され、地面へと転がった。
「もう一度……。な……?」
「おい、どうし、槍が両断された……!?」
「チャンスだよ! 宝!」
「サンキュー」
俺は一歩踏み込む。掌に凝縮するのは、底の見えない黒。
「これで降伏してくれよ」
[『煉獄妖術』闇熱線]
放たれた闇炎は光を呑み込み、一直線に走る。空間が焼け、石床が溶解する。
槍兵三人は悲鳴を上げる暇もなく、黒炭へと変わった。焦げた匂いが礼拝堂を満たす。
「ば、化け物……!」
「なんだこれは!」
恐怖が伝播する。だが敵意は消えない。
「俺たちは話を聞きに来ただけだ。攻撃をやめるなら、こちらも戦うつもりはない」
「信じられる訳ないでしょ!」
「騙されるものか!」
リーダー格のシスターが前に出る。彼女の背後で、水が渦を巻き巨大な弩へと形を変えた。
「ここで死になさい! 悪魔共!」
[『水射妖術』水の槍]
放たれたそれは、単なる投射物ではない。圧縮水塊が衝撃波を伴い、床を抉りながら一直線に突進する。礼拝堂が丸ごと吹き飛びかねない質量。
「交渉……始まってすらいないが決裂、ということでいいのか?」
「魔女の手先とする話なんて存在しないわよ!」
バリスタは茜の額へ。
「分かったよ、手加減はしない」
[『夕立妖術』鏡の水面]
夕暮れ色の水面が空間に展開する。巨大な槍はその中へ吸い込まれ――
「水面……まさか鏡か!?」
歪んだ鏡面が、同じ質量・同じ速度で吐き出す。
反転した水の槍が、シスターの喉を一直線に貫いた。勢いは止まらない。背後の壁を粉砕し、外郭の建物群を連鎖的になぎ倒していく。
轟音。遠方で建造物が崩落する振動が伝わる。
「ガエェェェ!?」
シスターは喉を押さえたまま数歩よろめき、白目を剥いて崩れ落ちた。
「降参するならもう戦わない。どうする」
「クソ……魔女の手下め」
「貴様らは、ここでこ――」
言葉は途中で途切れた。
刹那、空気を裂く青い線。
司祭の顔に走ったそれは、時間差で上半分を吹き飛ばした。
「キャァァァ!」
悲鳴が上がる。だが次の瞬間、そのシスターの首もまた宙を舞った。
静寂。
遅れて、圧倒的な妖気が礼拝堂を満たす。床石が震え、空気が重く沈む。今までの戦闘など前座に過ぎないと告げるような、桁違いの密度。
「宝! この妖気」
「上妖だと……街中に侵入してきたのか?」
崩れた天井の向こう、青黒い気配が渦を巻く。




