忌み嫌われた伝説
カエデ王国騎士団長・ガラドが、重たい沈黙を破るように口を開いた。
「お話ししよう……この世界、ヒノキに伝わる……災いと魔女の伝承を……」
刻まれた深い皺が、さらに陰を落とす。
「この国は古来より藍涙という水の神を信仰している。河川、湖沼、地下水脈――あらゆる水は藍涙の加護によって循環するとされてきた」
「藍涙……?」
麗華の小さな疑問に、リナが即座に補足する。
「ヒノキにおける世界神。水系統の権能を司る存在ね」
ガラドは頷いた。
「当時は“聖女”と呼ばれる存在がいた。藍涙とその眷属の声を聞き、人と神の橋渡しを担う者だ。我らはその対価として穀物や家畜の一部を奉納していた」
信仰と統治が結びついた、安定した秩序。
「だが……三百年前の秋、すべてが崩れた」
「事件、ですか?」
レイラの問いに、団長は静かに続ける。
「その年、ヒノキ全域が大規模な干害に襲われた」
「干害? 異常気象なら周期的に――」
麗華の言葉は、次の説明で断ち切られる。
「一つの村から“完全に”水が消滅する現象が、千を超える集落でほぼ同時に発生した。規模は当時のヒノキの七割に及ぶ」
空気が凍る。
(通常の干ばつでも大陸の二割程度……しかも水源が完全消失する例は稀だ)
ガラドは懐から一枚の写真を取り出した。縁は破れ、色も褪せている。
「これは百年前の干害の記録だ」
映っていたのは、深くひび割れた大地。水は一滴もなく、作物は枯死。脇に座り込む男は、骨と皮だけに見えるほど痩せ細っていた。
「この干ばつで、当時の全人口の六割が死滅したと記録されている」
茜とミレが息を呑む。
「三百年前の話なのに、なぜ写真が?」
俺の問いに、ガラドは低く答えた。
「三百年前の大干害以降……同様の現象が五年周期で発生している。写真は百年前のものだ」
「五年周期……?」
「干害に加え、飢餓で弱った民を疫病が襲った。特にネズミを媒介とする感染症が蔓延した」
断続的に繰り返される災厄。
俺の中で仮説が結びつく。
「特定地域、というのは――」
「ああ。ドリィプ家。聖女の家系の一つであり、同時に“魔女の家系”と呼ばれる一族の女が住む土地だ」
兵士たちの視線がナミダさんへ集中する。
彼女は唇を噛み、俯いた。
「さらに、神事を司る大魔道士の予言が下された。『一月後、再び大いなる厄災が降り注ぎ、民は死に絶え、国は滅亡する』と」
ガラドの目に怒りが宿る。しかしその奥には、紛れもない焦燥があった。
「魔女を処刑せねば……民が死ぬ!」
騎士としての責務が、彼を突き動かしている。
だが――
「なぜ、別の原因を考えない」
俺の言葉に、兵が槍をわずかに構え直す。
「魔道士の予言が信頼に足るとしても、それだけを唯一の因果と断定するのは早計だ」
「前例がある! ドリィプ家の女が住む土地では五年ごとに干害が起き、多数が死に、当家だけが生き残る!」
ガラドの瞳は責任感に灼かれている。
本来は誠実な男だ。
だが恐怖が判断を単線化している。
「なら――俺たちが干害を終わらせる」
室内の空気が止まった。
「なんだと……?」
「一ヶ月以内に原因を突き止め、解決する」
ナミダさんと茜が驚愕する。
「お兄ちゃん?」
「宝さん?」
「もし解決できなければ――」
俺は仲間を見回す。
全員が迷いなく頷いた。
「ナミダさんに加え、俺を処刑してもらいたい」
「正気か!?」
ガラドが驚きの声をあげる。
「疑いの中で成果を示すなら、相応の担保が必要だ」
その時、麗華が俺の手に触れた。
「宝だけじゃないよ」
「私たちも運命を共にします」
「ご主人と一緒にゃ」
リナ、レイラ、ミレが真っ直ぐに団長を見据える。
「宝様に加え、私と麗華ちゃん、ミレちゃんとレイラの命も担保に」
覚悟は揺らがない。
ガラドは長く沈黙し、やがて問う。
「本気……なのだな?」
「ああ。必ず干害を終わらせる。そして呪いの伝承が誤りだと証明する」
重圧の中、騎士団長は静かに目を閉じた。
決断が下されようとしていた。




