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黄昏の魔女

 関所前に立つ衛兵が、喉が張り裂けんばかりの怒号を上げた。


 乾いた空気を震わせるその声に、長蛇を成していた商人たちが一斉にこちらを振り向く。荷馬車の車輪が軋み、家畜が落ち着きを失って鼻を鳴らす。

 祭儀を見物するような好奇と、正体不明の災厄を前にした恐怖が入り混じった視線が、容赦なく突き刺さった。


 遅れて、武器を携えた衛兵たちが続々と姿を現す。

 靴音は揃い、隊列は乱れない。半円陣を描くように展開し、退路を計算した上で俺たちと馬車を包囲する。


 鋼鉄の甲冑。深紅のマント。

 胸元には金色の十字架が刻まれ、夕陽を受けて鈍く光っていた。


「ちょ、ちょっと……これ、どういうこと!?」


「この数の衛兵……一体、何が起きているの」


 麗華とリナの声に、明確な緊張が滲む。


「あの! これ、どういう事なんですか!」

「何故、我々を囲んでいる」


 狼狽する茜の横で、俺は一歩前へ出た。


 視線の先。

 陣形の中心に立つ、槍を構えた男。鎧の装飾、立ち姿、呼吸の深さ――ただの兵ではない。


「理由だと?」


 男は吐き捨てるように言った。


「その女が――魔女だからだ」


 嫌悪と確信を孕んだ視線が俺の左後方、ナミダさんへ突き刺さる。

 周囲の衛兵がじり、と距離を詰めた。


 関所は完全に、戦闘前夜の空気へと変貌していた。


「魔女? だが彼女は神官だと聞いている」


 俺の問いに、男は冷笑を浮かべる。


 背後の衛兵とは質の違う圧。

 存在そのものが重い。


(……この男、上妖上位級。騎士団長クラスだ)


 中妖上位相当の覇気を持つ衛兵が少なくとも二十。射線は重層的に組まれ、側面からの挟撃も想定済み。


 強行突破は理論上可能。

 だが民間人を巻き込む確率は高い。


 そのとき、隣でリナが小さく息を吐いた。


 彼女の視線が高速で動く。陣形密度、武装種、指揮系統、緊張度。

 理詰めの演算が、その瞳の奥で完了する。


(戦意は高い。でも攻撃命令は未発令。包囲は拘束目的)


「今は“断罪”ではなく“確認”段階よ。即時処刑命令は出ていない。交渉余地はあるわ」


 冷静で、迷いのない分析。


 俺は頷き、槍の男を真正面から見据える。


「その話を詳しく聞かせてもらえるか」


 沈黙が落ちる。

 風が旗を揺らす音だけが響く。


 やがて男は槍の石突きを地面に打ちつけた。


「……よかろう。貴様らが無知である可能性は否定せん」


 周囲の衛兵に短く合図を送る。

 包囲は維持されたままだ。


「我が名はガラド。王都騎士団長だ」


 やはり、頂点。


 リナが小さく呟く。


「階級章と指揮権配置から見て確定ね」


 ガラド団長はナミダさんを睨む。


「その女は“黄昏の魔女”。予言と称し、各地で混乱を招いた存在だ。彼女が姿を現した土地では、例外なく災厄が起きている」


「……証拠は?」


 リナが一歩前に出た。


 その声は静かだが、鋭い。


「災厄発生地点と予言出現時刻の相関性は? 偶然の一致を排除できる統計資料は存在するの?」


 衛兵たちがざわめく。


 ガラドの目が細められた。


「貴様、学者か」


「事実を求めているだけよ」


 挑発ではない。

 感情を排した検証要求。


 数秒の沈黙ののち、団長は低く言う。


「……ここで晒す話ではない」


 槍をわずかに下げる。


「関所内の詰所で話す。武装は預からせてもらうが、無礼は働かぬと誓おう」


 張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


 俺は仲間たちを見る。


 麗華は不安げに袖を握り、

 茜は唇を噛み、

 ナミダさんは静かに目を伏せていた。


「行こう」


 短く告げる。


「えぇ。情報を得る方が合理的だわ」


 リナの即答。


 こうして俺たちは騎士団長ガラドに同行し、関所内の石造りの詰所へ通された。分厚い扉が閉まり、外界の喧騒が遮断される。


 室内は薄暗く、机と椅子が向かい合って置かれている。


 重い沈黙。


 団長は机越しにナミダさんを見る。


「……覚悟はあるな」


 彼女はゆっくりと頷いた。


「はい」


 震えはない。


「お話しします……ヒノキに伝わる、狂気の神話を」


 その瞬間、空気がわずかに冷えた。


 ――黄昏の魔女。


 断罪か、冤罪か。


 その真実が、今まさに語られようとしていた。

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