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カエデ王国


 いよいよ出発、という段になったところで、茜が荷車の周囲を真剣な表情で見回していた。


 布製の幕はところどころ擦り切れ、木枠にも細かな傷が入っている。

 だが、黒鉄のフレームは歪みひとつなく、まだ十分に現役で使えそうだった。


「どうしたんだ、茜。そんなに荷車を見て」


「お兄ちゃん、この荷車……使えないかな」


 振り返った茜の目は、思いつきを確信に変えつつある光を帯びていた。


「これにみんな乗せたら、一気に移動できると思うんだけど……」


 その案に、麗華がぱっと手を叩く。


「そっか! ナイスアイデアだよ、茜ちゃん!」


「問題は……誰が押すか、ですね」


 レイラが顎に手を当て、冷静に現実面を指摘する。


「俺が引く」

 迷いなくそう言った。


「ここにいる全員を乗せて運べるくらい、体力は余ってる」


「……良いの?」


 首を傾げる茜に、俺は頷く。


「ああ。パワーと馬力には自信がある」


「ありがとうにゃ、主!」

「感謝するわ、宝様」

「よろしくお願いします、宝さん」


「おう、任せとけ」


 全員が荷台に乗り込むのを確認し、俺は押し手に手をかける。

 黒鉄に古木を重ねた構造は想像以上に頑丈で、握った瞬間に信頼感が伝わってきた。


(いい作りだ……これなら問題ない)


 足腰に力を込め、一気に踏み出す。


 次の瞬間、荷車は人力とは思えない加速で走り出した。


「わぁ!?」

「すごいスピードです……!」


 後方にわずかな負荷を感じるが、ほとんど誤差の範囲だ。


「しっかり捕まってろよ」


「うん!」


 砂利道を軽い駆け足で進む。

 視界の端から端へと、景色が流れるように後退していった。


「……凄まじい力ですね、宝さん」

「でしょ? 宝は力自慢なんだから!」


 麗華が誇らしげに胸を張る。


「幼なじみとして誇らしいよ!」

「確かに……この馬力は見たことがありません」


 夕日に照らされた街道は、風も涼しく心地いい。


「茜ちゃん、カエデ王国まではどのくらい?」


「えっと……この道を真っ直ぐで、たしか二十五キロくらい」


 その距離に、麗華が目を丸くする。


「そんなに!?」

「うん。カエデ王国と他の町はかなり離れてるから、長旅は何日もかけるのが普通なの」


「その道を、歩いてきたのにゃ……?」

「はい。他にも荷物はあったのですが……護衛の方たちが持っていて、そのまま……」


「今、手元にあるのは最低限のものだけです」  そう言って、ナミダが申し訳なさそうに視線を落とす。


「それなら……一緒に行動しない?」


 リナが、自然な調子で提案した。


 ナミダは目を見開き、信じられないという表情を浮かべる。


「……良いの、ですか?」


「うん。困ってる人は放っておけないし」

「それに……」


「ナミダさんのこと、まだ気になることがたくさんあるから!」

「お話できるだけでも嬉しいの!」


 麗華の言葉に、ナミダは思わず彼女の手を握った。


「ありがとうございます……なんとお礼をすれば……」


「お礼なんていいよ〜! あ、じゃあ」


 麗華がふと思い出したように身を乗り出す。


「聖女って、何をする仕事なのか教えて?」

「私も気になります」

「わたちも!」


 その声に、ナミダは穏やかに頷いた。


「承知しました。では……聖女についてお話しします」


「聖女とは、神から言葉や力を授かり、それを人々へ伝える役目です」

「神の代行者、と言えば分かりやすいでしょうか」


「巫女さんみたいな感じ?」

「はい、近いですね」


「今回は、水の神からのお告げをカエデ王国の国王へ届けるため、王国を目指していました」


「なるほど……その途中で、私たちに出会ったんだね」


「はい」


「お告げって、どんな内容なの?」

 茜が前のめりになった、その時だった。


「――よし、着いたぞ」


 荷車を止めると、目の前にはカエデ王国の関門がそびえていた。


「続きは……王国の中でお話ししましょうか」

 ナミダが穏やかに目を細める。


「分かった!」


 茜は元気よく返事をした。

 だが、その明るさとは裏腹に、関所の空気は異様に張り詰めていた。


「……何かあったのか?」


 衛兵たちの目つきは鋭く、まるで戦の前触れのようだ。


「どうしたんだろう……」


「私、元々この国の人間だから。聞いてくるね」

「俺も同行する」


 茜と並び、関門の前へ進む。


 その瞬間だった。


「――な、なんと……これは!」


 衛兵の一人が、声を張り上げる。


「総員、集まれ!!」

「黄昏の魔女が現れたぞ!!」


「……え?」

「黄昏……?」


 嫌な予感が背筋を走る。


「まずい……茜、下がれ」


 咄嗟に彼女を背後へ庇い、俺は前へ出た。

 関所に漂う殺気が、一気に現実味を帯び始めていた。

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