ナミダ
盗賊団を撃退した後、俺たちは自然な流れでカエデ王国への道を共にすることになった。
「怪我はありませんか?」
茜が歩きながら、助け出した女性に気遣わしげに声をかける。
「はい……貴女がたのおかげで」
そう答えた女性は、静かに微笑んだ。
長いまつ毛に縁取られた瞳は、まるで海を閉じ込めたかのような深い青。
夕日の光を受け、ガラス玉のように揺らめいている。
絹のように白い肌。
その身を包むのは、黒衣の修道服。
深い藍色の長髪が、歩みに合わせてゆるやかに揺れ、沈みゆく夕陽を映して静かに輝いていた。
海の静謐さを、そのまま人の形にしたような女性。
「助けてくださり、本当にありがとうございます」
そう言って、彼女は丁寧に頭を下げる。
「綺麗な人だね……」
「お名前、聞いてもいいですか?」
麗華の問いに、女性は一度こちらを見回し、穏やかに頷いた。
「……ええ。ですが、その前に」
彼女は、こちらの名を求めるように視線を向ける。
「俺は宝。こっちは麗華で、オレンジ髪の子が茜だ」 「桜姫 麗華だよ! よろしくね!」
「茜だよ!」
「ミレにゃ!」
「レイラと申します」
「リナです」
一人ひとりの名を聞いたあと、
女性は胸元のロザリオにそっと手を添えた。
「私はナミダと申します。山をひとつ越えた辺境の村で、聖女を務めております」
――聖女。
神と交信し、“神言”を授かる存在。
一国に一人いるかどうかというほどの、希少な職業。
「カエデ王国へ、伝言を届ける途中でした。
ですが……その道中で、盗賊団に襲われまして」
「そうだったのか」
俺は、胸に引っかかっていた疑問を口にする。
「長旅なら危険も多い。護衛はいなかったのか?」
ナミダさんは、一瞬だけ視線を伏せた。
「……出発した時は、確かに居ました」
声が、わずかに低くなる。
「盗賊団に襲われた際、行方が分からなくなってしまったのです」
「行方不明……?」
俺たちは戦闘中、常に妖力探知を張っていた。
範囲は狭いが、半径二十メートルは感知できる。
それでも、護衛らしき気配は無かった。
「……殺された、と考えるのが普通だが」
だが、倒れた盗賊の中に、
装備や服装の異なる遺体は見当たらない。
(となると……殺されてはいない)
その時だった。
――ガサリ。
近くに停められた馬車の中から、何かが倒れる音がした。
(そういえば……妖怪の気配が一つ、馬車からしていたな)
弱く、戦闘向きではない。
まるで小動物のような妖気。
「ねぇ、この馬車……ナミダさんの?」
麗華が尋ねる。
「いいえ。盗賊たちのものでしょう」
俺は馬車の中を覗き込む。
「……中に、何かいる」
「新手の妖怪ですか?」
レイラさんの声が張り詰める。
「大丈夫だ。ほとんど戦闘力はない」
しばらくすると、麻袋の中から――
真っ白な毛並みの、小さな妖怪が姿を現した。
《『下妖』すねこすり》
「なにこれ……可愛い!」
「ちっちゃい!」
小さな足で、ちょこちょこと歩く姿。
その瞬間、麗華と茜の目が輝いた。
「キュゥ……?」
小さく鳴く。
「猫ちゃんにゃ?」
「愛らしいですね……」
レイラさんとリナの表情も、自然と和らぐ。
「これは……すねこすりですね」
ナミダさんはそう言って、そっと腕に乗せ、
指の腹で優しく頭を撫でた。
「キュゥ♪」
気持ちよさそうに身を預けるすねこすり。
「街中に現れる妖怪の一種だ。
本来は、人の脛にまとわりつく存在だが……」
ここは平原。
街は、カエデ王国の城下町しかない。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした?」
茜が視線を向ける。
すねこすりは、道の奥――カエデ王国の方角へ、鼻をひくひくと動かしていた。
「この子……カエデ王国から来たんじゃない?」
盗賊の馬車にいた理由。
そして、帰るべき方向。
「……これから王国へ行くんだ。ついでに連れていくか」
「キュゥ♪」
小さく鳴いたその声は、これから起こる出来事の“前触れ”のようにも聞こえた。




