女帝との差
戦いの火蓋が切られた、その瞬間だった。
俺は大剣を両手で構え、爆ぜる炎を推進力に変えて酒呑童子へと突撃する。
踏み込んだ地面が砕け、火柱が背後で弾けた。
「ほう……炎を纏う妖術使いか」
酒呑童子は逃げるでもなく、ただ静かにこちらを見据える。
切れ長の瞳は獲物を値踏みする猛獣のそれで、そこには一切の焦りもなかった。
「凝視してて火傷しても、知らねぇぞ」
挑発と同時に、大剣へと炎を集中させる。
赤熱した刀身が唸りを上げ、空気が歪む。
——だが、これは見せ札だ。
俺は大剣を振り下ろす“直前”で、拳に焦熱を叩き込む。
[『煉獄妖術』 炎焦崩拳]
大剣の軌道を囮に、素手の一撃を顔面へと叩き込む。
「何と……素手か」
酒呑童子の眉が、ほんの一瞬だけ動いた。
それで十分だ。
「はぁぁぁっ!!」
渾身の拳が炸裂し、衝撃が空間を穿つ。
だが——。
「くっ……!」
鈍い金属音。
酒呑童子は薙刀で受け止めていた。
しかし、俺は笑う。
「俺のパワーはな……誰にも“受け止め切れねぇ”んだよ!」
全身の炎を総動員し、押し込む。
衝撃が連なり、酒呑童子の身体が後方へ弾き飛ばされた。
「かっ……ケホッ」
確かな手応え。
だが——。
「……おいおい、冗談だろ」
土煙が晴れた先。
そこに立つ彼女の身体には、傷一つない。
(殴った感触は確かにあった……それなのに、無傷?)
「見事なフェイントじゃったぞ」
酒呑童子は口元に余裕の笑みを浮かべる。
「中々、楽しませてくれる」
その瞬間。
背筋を冷たい悪寒が走り抜けた。
「ならば……妾も、技を使うとしよう」
盃を煽る仕草と同時に、薙刀が怪しく光る。
[『鬼帝妖術』 斬香]
薙刀が、ただ空間を薙いだ。
距離はある。届くはずがない。
(飛ぶ斬撃か……?)
俺は即座に軌道から外れる。
——次の瞬間。
――バシュッ。
「っ……!?」
視界が揺れ、呼吸が詰まる。
胸から腹にかけて、熱と生暖かさが走った。
「……なん、だ……?」
血が口から溢れ、膝が地面に落ちる。
(斬撃が……飛んでない?)
空間そのものが、切り取られた。
理解した瞬間、戦慄が背骨を駆け上がる。
「よく抗ったな」
酒呑童子が歩み寄る。
香料の甘い匂いが、死を連れてくる。
「褒美だ。一思いに屠ってやろう」
薙刀が振り上げられた。
——まだだ。
「……はっ!」
転がるように回避し、跳ね起きる。
(実力差は歴然……だが)
「一発くらいは、返させてもらう!」
足元を爆破し、強引に距離を詰める。
「散り花か……美しい」
赤く燃える大剣を担ぎ、全力で振り抜く。
[『煉獄妖術』 炎の斬撃]
炎が刃となり、酒呑童子を襲う。
「ふっ!」
薙刀で割られ、掻き消される。
——だが、それは囮だ。
俺は既に、上空にいた。
「本命は……こっちだ!」
[『煉獄妖術』 炎の斬撃]
獄炎の刃が、天から叩き落ちる。
酒呑童子は受け止めに入るが——
「このガード……破壊できる!」
押し込む。
重圧に、ついに彼女が片膝をついた。
「今だ——!」
[『煉獄妖術』 地獄の爆炎]
爆炎が解き放たれ、薙刀を弾き飛ばす。
「貰っておけぇっ!」
紅い閃光が、彼女の胸を裂いた。
「……見事」
だが、次の瞬間。
雷が、彼女の腕に宿る。
(避けられない……)
それでも、不思議と後悔はなかった。
(こんな化け物と、本気で殴り合えたんだ……悪くねぇ)
次元を焦がす雷が、視界を白に染めた。
――――ヒノキ――――
飛び起きる。
「わっ!? 急にどうしたの、宝!」
「……麗華か」
夢だった。
だが、妙にリアルな感触が残っている。
「変な夢でも見た?」
「あぁ……酒呑童子と戦ってた」
「えぇっ!?」
「声、でかい」
「ご、ごめん……それで、勝てたの?」
「一撃当てただけで、完敗だ」
麗華が息を呑む。
「宝でも……?」
「あぁ。鬼の女帝だ。……たぶん、またどこかで会う」
夢とは思えない、不吉な確信だけが胸に残っていた。




