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最悪の夢


 ポップタウンを守ると誓い合った夜。

 その約束を胸に、わたちたちはそれぞれの布団へと潜り込んだ。

 

 旅館の布団は、まるで雲の上に身を委ねているかのように柔らかい。 

 荒れた床、薄い藁蓑――冒険者として過ごしてきた数か月間では考えられない心地よさだった。

 

(……今度こそ、大丈夫なはずにゃ)

(ご主人は、あんな人じゃない。私の目は……間違ってないにゃ)

 

 背を向けて眠るご主人の輪郭を、そっと見つめる。

 障子越しの月明かりが、その横顔を静かに照らしていた。

 

 穏やかな夜。

 

 なのに、胸の奥だけがざわついている。

 まぶたを閉じた、その直後だった。

 

 ――ぱち、ぱち。

 

 薪の弾ける音。

 

 焦げた匂い。懐かしくて、思い出したくない匂い。

 誰かの叫び声が、遠くで重なった。

 

「……ここは、どこにゃ?」

 世界は赤かった。

 

 空も、大地も、血に染まったような赤。

 熱気が肌を刺し、息を吸うたび喉が焼ける。

 

 倒れた家々。舞い上がる火の粉。

 

 ――知っている。

 

 この匂いも、この家並みも。

 

 ここは、私の故郷。

 化け猫族の村。

 

 足が震える。

 それでも、身体は勝手に前へ進んでいた。

 

 記憶という名の悪夢に、引きずられるように。

 

「……嘘、だよね?」

 無理に笑おうとした、その瞬間。

 

 ――銃声が、夜を裂いた。

 隣家のお兄さんが倒れる。

 

 胸を押さえ、目を見開いたまま。

 

 いつも優しく笑ってくれた人。 

 その笑顔が、恐怖に歪んでいく。

 

「……嘘……」

 耳を塞いでも、音は止まらない。

 血と焦げの匂いが混ざり合い、吐き気が込み上げる。

 

 壁に手をついた。

 

 ――ぬるり。

 

 指先に絡みつく、生温かい感触。

 それが血だと理解した瞬間、喉が引きつった。

 

「いや……いやあああっ……!」

 悲鳴が、自分のものだと分かるまで、時間がかかった。


「やめろ! 妻だけは――!」

 次の銃声。

 

 覆いかぶさるように倒れる夫と、動かなくなる妻。

 足元へ、赤がゆっくりと広がっていく。

 

 息が、できない。

 さらに奥から、子供の泣き声。

 

 小さな影が軍人に掴まれ、引きずられていく。

 止めようと駆け寄った母親が――撃たれた。

 

「……やめて……」

 

 声にならない。

 

 世界が揺れて、膝から崩れ落ちる。

 

「おい、まだガキがいるぞ」

「捕まえとけ」

 

 黒い軍服の男たちが、私を見下ろしていた。

 冷たい視線。獲物を見る目。

 

「……来ないで……!」

 逃げられない。

 

 銃口が、わたちに向けられる。

 

 そのとき――

 

「私の娘に、触るなッ!!」

 

 母だった。

 農具の鎌を握り、私の前に立ちはだかっていた。

 

「お母……さん……」

「大丈夫。ミレ。お母さんが守る」

 

 ――ドン。

 

 一瞬、音が消えた。

 

 次の瞬間、母の身体が崩れ落ちる。

 頬に、熱いものが当たった。

 

「……お母、さん……?」

 

 理解できない。

 動けない。

 

 倒れた身体を抱きしめる。

 温もりが、ゆっくりと失われていく。

 

「嫌……! 死なないで……!」

「お願い……私を、一人にしないで……!」

 

 喉が裂けるほど叫んでも、母は答えない。

 ――お願い。夢であって。

 

「お母さんッ……!!」

 

 叫びと共に、私は跳ね起きた。

 

 荒い息。汗に濡れた髪。 

 視界に映るのは、旅館の天井。

 

「……夢……?」

 

 心臓の音が、まだうるさい。

 

 隣から、主の静かな寝息が聞こえる。

 月が、格子戸の向こうで静かに浮かんでいた。

 

「……リアルすぎるにゃ……」

 

 匂いも、熱も、痛みも。

 まるで、今起きた出来事みたいだった。

 

 布団を握りしめ、深く息をする。

 

「明日は……防衛戦の話、だったにゃ」

 私は目を閉じる。

 

 ――もう、あの夜を繰り返させない。

 ――誰にも、あんな悲しみを味わわせない。

 

 そのために、私は戦う。

 月は静かに、旅館の屋根を照らしていた。

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