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茜の回想


 焚き火を囲む夕食が終わり、茜と並んで食器を抱え、近くの川へ向かう。 

 森はすでに薄暗く、昼の名残を失いつつあった。

 

 湿った土と苔の匂いが鼻をくすぐり、木々の間を抜けた先で、青く澄んだ水面が視界を開く。

 

 川は静かに流れていた。

 その水面には、燃えるようなオレンジ色の夕日が映り込んでいる。

 

 不思議な光景だった。

 

 夕日は空に留まったまま沈まない。

 それなのに、空の色だけが青から群青、そして夜の帳へと変わっていく。

 

 美しさと同時に、どこか現実から切り離されたような怪しさが漂っていた。

 

「……夕日が、登ったまま夜になるんだな」

 

 思わず零れた呟きに、隣で皿を洗っていた茜が微笑む。

 

「うん。この世界はね、四六時中ずっと夕日があるの」

「夜になっても暗くなるのは空の色だけ。夕日は、ずっとそこにあるんだよ」

 

 ボウルに張った水が揺れ、そこに夕日と茜の顔が映り込む。

 柔らかな光に照らされた横顔は、幼い頃の面影を残しながらも、確かに成長していた。

 

「ビーフシチュー、美味かったぞ。ありがとうな、茜」

「えへっ! どういたしまして!」

 少し照れたように笑う姿に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 久しぶりの、兄妹水入らずの時間。 

 だからこそ、ずっと胸に引っかかっていたことを、俺は口にした。

 

「……なぁ、茜」

「どうしたの? お兄ちゃん」

 

「今まで……どんな道を歩いてきたんだ?」

 

 一瞬、茜の動きが止まる。

 

 目を見開き、夕日を映した水面に視線を落とした。

 

「……少し、長くなるけど……いい?」

「あぁ。時間なら、いくらでもある」

 

 俺がそう答えると、茜は一度だけ深く息を吸い、静かに話し始めた。

 

――――茜の回想――――

 

*茜 side*

 

 お兄ちゃんと別れたのは、私が五歳のとき。

 

 一番上の楓お姉ちゃんが行方不明になって。

 その直後、お父さんは何者かに殺された。

 

 世界が、壊れた瞬間だった。

 

 お母さんと次女の蒼玉お姉ちゃんは話し合って、まだ幼かった私を連れ、別の世界へ身を隠すことを選んだ。

 お兄ちゃんと蒼玉お姉ちゃんは、元いた世界に残って楓お姉ちゃんを探すために。

 

 私とお母さんが移り住んだのは、怪獣が生息する世界――ネイピア。

 怪獣から人々を守るための防衛団が存在する、常に死と隣り合わせの世界だった。

 

 それでもそこが選ばれたのは、お父さんを殺した犯人がいる世界よりは“安全”だと判断されたから。

 

 最初の目的は、ただ一つ。

 

 自分で、自分を守れるようになること。

 

 けれど――。

 防衛団の先輩たちと関わり、共に任務に出るうちに、その理由は変わっていった。

 

 誰かを守ること。

 それ自体が、力を求める理由になっていた。

 

 私は成長していた。

 怪獣を倒し、仲間と笑い合い、これからも強くなれると信じていた。

 

 ――あの、未曾有の大災害が来るまでは。

 

「今日も頑張りましょう、ミント先輩!」

「えぇ。民間人の平和のために」

 

 事件が起きたのは、私が十四歳のとき。

 身体つきはもう、女子高校生くらいに成長していた。

 

 ネイピアの首都を、いつも通り巡回していた、その時。

 

「誰か! 増援を頼む!!」

 

 正門の方角から、切り裂くような叫び声が響いた。

 

「あの声……!」

 ミント先輩の眼差しが、一瞬で戦士のそれに変わる。

 

 私が隣を見るより早く、彼女はもう武器を構えていた。

 

「怪獣が……国境内に出たのね」

 

「茜ちゃん、着いてきて!」

「……はい!」

 

 門前で私たちが見た光景は――地獄だった。

 

「……え?」

 

 門は破壊され、街へと雪崩れ込む怪獣の群れ。

 その足元には、押し切られ、無惨に倒れ伏した防衛団員たち。

 

 牙に裂かれ、血に染まり、瞳孔の開いた仲間たち。

 

「……先輩……これ……」

「怪獣災害……こんな早く……」

 

 ミント先輩は震えることなく、リボルバーに弾丸を装填し、怪獣の頭部へ至近距離から緑色の弾丸を叩き込んだ。

 

「……私も、戦わなきゃ」

 

 直感だった。

 ここで止まったら、全てが終わる。

 

 先輩も。

 私も。

 街に暮らす人たちも。

 

 そこから先は、ただ必死だった。

 

 団長、幹部、そして防衛団総出の決死の迎撃。

 血と咆哮に塗れながら、ようやく怪獣の波を退けた。

 

「はぁ……はぁ……」

「……何とかなったわ」

 

 門で進撃が止まったと聞いた瞬間、私はその場にへたり込んだ。

 

「……よかった……」

 

 その日、私は学んだ。


 無慈悲な波に出くわしたら、迷えば死ぬ。止まれば呑み込まれる。

 

「足がすくむ時こそ、前を向いて戦う」

「目の前の壁を打ち破るために」

 

 それが、生き残るための唯一の道だと。

 

 壊滅的な被害を受けたネイピアは、ラグナドール――ヒノキの支援によって、奇跡的に復興した。

 

 だから私は、恩返しとして。

 冒険者として、この世界で戦っている。


――――――――

 

 茜の話が終わり、川の流れだけが静かに響く。

 

 夕日は、相変わらず空に燃えていた。

 ――守るために戦う覚悟。

 

 それは、間違いなく彼女を強くしていた。

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