生き別れの妹
目の前に立つオレンジ髪の少女は、まるで寒さに晒された小動物のように、わなわなと小刻みに震えていた。
大きく見開かれた瞳には涙が溜まり、ほんの瞬き一つで決壊してしまいそうだ。
その姿を前にして、俺の胸の奥にも抑え込んできた感情が一気にせり上がる。
熱を帯びた塊が喉元まで押し寄せ、呼吸すら難しくなる。
(……落ち着け)
それを無理やり飲み下し、努めて平静を装いながら、俺はその名を呼んだ。
「……この世界に、居たんだな。茜」
声は思った以上に掠れていた。
「お兄ちゃん……っ!」
茜の声が裏返り、次の瞬間、堪えていた感情が決壊する。
それも無理はない。
幼い頃、理不尽な運命によって異世界へと引き裂かれた俺たち。
互いの生死すら分からないまま、今日まで生きてきたのだ。
――血の繋がった、たった一人の兄妹だというのに。
「この子、主様の知り合いなのにゃ?」
状況を理解できていないミレが、小さく首を傾げる。
「ああ……血の繋がった、俺の妹だ」
「お兄ちゃん!」
次の瞬間、茜が弾かれたように駆け出した。
溜め込んでいた想いを解き放つように、一直線に俺の胸へ飛び込み、顔を押し付ける。
「うぅ……うっ……会いたかった……! ずっと、ずっと……!」
ぎゅっと、二度と離すまいとするかのような力で抱きしめられる。
背中に伝わる震えが、彼女が過ごしてきた孤独な時間の長さを物語っていた。
「……俺もだ」
この世界――“ヒノキ”に足を踏み入れた理由の一つ。
それは、茜を、家族を見つけ出すこと。
その悲願が、今、こんなにも温かな形で果たされている。
「久しぶり、茜ちゃん」
少し後ろに控えていた麗華が、そっと茜の背中を撫でる。
その声は、いつもの快活さではなく、母親のような柔らかさを帯びていた。
「……久しぶり、です。麗華さん」
茜も涙を拭い、小さく微笑む。
束の間の、幸福な静寂。
そこへ、レイラが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「あの、宝様……そろそろ野宿の準備を始めた方がよろしいかと……」
言われて初めて、空を見上げる。
太陽の残光は消え、空は深い群青へと染まり始めていた。
「夕方で時間が止まる世界じゃないのか?」
「うん。黄昏時固定なのは海岸と王国だけ。他はちゃんと夜が来るの」
麗華は気持ちを切り替えるように袖を捲る。
「はいはい、しんみりタイム終了! お腹も空いてきたし、パパッと作ろっ!」
「そうだな。拠点作りを急ごう」
再会の余韻を胸にしまい、俺たちは行動に移る。
「お兄ちゃん、私も手伝うよ!」
茜が涙を拭い、眩しい笑顔を向けてくる。
「ありがとう、茜。それじゃあ……」
革袋を開き、道具を確認する。
「焚き火用の薪を集めてきてくれないか? 太いのは俺がやるから、細めのを頼む」
「了解っ!」
「私も行くのにゃ!」
茜とミレは並んで駆け出していく。
楽しげな足音が、夜へ沈みゆく森に温もりを残した。
「さて、こっちも進めるか」
「ええ。お鍋とご飯の準備をするわ」
リナが取り出したのは、底と蓋に巨大な黄金の歯車が刻まれた無骨な鍋。
「……電蒸鍋か」
「はい。 着火時のみ自動で魔導加熱してくれる便利な家電です」
手際よくセッティングされる鍋。
野外で見るその姿は、不思議なほど頼もしい。
「短時間調理なら、スイッチ一つですから」
「保存食も美味しくなりますしね」
レイラが具材を切り、鍋に放り込む。
ほどなくして、茜たちが戻ってきた。
両腕いっぱいに抱えた薪を落とし、誇らしげに笑う。
「ただいま! これくらいで足りる?」
「十分だ。ありがとう」
茜は鍋を見るなり、目を輝かせた。
「なにこれ……!? こんな魔法道具、初めて見る!」 「この世界にはないのか?」
「うん。魔導家電なんて概念、なくて……」
驚く茜の肩に、麗華が手を置く。
「驚くのは、食べてからよ! 一緒にシチュー作ろ、茜ちゃん!」
「……いいの!? やる!」
弾けるような笑顔。
異世界の夜は静かに更けていく。
だが、焚き火の熱とシチューの香りが、
――俺たちの“新しい家族”の時間を、確かに照らしていた。




