レイラのこれから
風呂から上がると、湯気の残る休憩所で麗華とミレが並んで牛乳を飲んでいた。
浴衣姿の二人は、戦場で見せていた張り詰めた表情とはまるで別人のように穏やかだ。
「あ! やっと上がってきた」
「牛乳おいしいのにゃ♪」
ミレは尻尾を揺らしながら、無邪気な笑顔を向けてくる。
「待たせたな」
「誰かと話してたの?」
麗華が興味深そうに顔を覗き込む。距離が近い。
「あぁ、鬼火のおっさんと少しな」
「鬼火のおっさんかぁ……私も会ってみたかったな〜」
麗華は少し残念そうに肩を落とした。
「鬼火の族長だからな。たしか、この近くに鬼火の集落があったはずだ。そこに行けば会えると思うぞ」
「ほんと!?」
ぱっと表情を輝かせる麗華を見ながら、俺は自然と別のことを考えていた。
(……俺たちが行き先の決定に関与する資格はない。けど……)
「ご主人様、どうしたのにゃ?」
ミレが心配そうに首を傾げる。
どうやら、考えが顔に出ていたらしい。
「リナと、レイラさんのこれからがな……」
「やっぱり、ご主人様もにゃ……」
ミレも同じだったのか、少し寂しそうに視線を落とす。
「私も……気になるのにゃ」
ミレは特にレイラさんに懐いていた。
戦闘中だけでなく、日常でもずっと一緒だったのだ。無理もない。
「二人も、同じこと考えてたんだね」
麗華の声も、わずかに震えていた。
「麗華もなのか?」
「うん……関与する権利はないって分かってる。でも、あれだけの死闘を一緒に乗り越えた仲間だから」
麗華は、自分を納得させるように小さく笑った。
「どうしても、気になっちゃうんだ」
結局、三人とも同じだった。
割り切れない想いを、胸の奥に抱えたままなのだ。
「俺も、本音を言えば……レイラさんとは、これからも一緒に戦いたい」
だが、すぐに首を振る。
「でも、それは俺たちが決めることじゃない。レイラさんの人生だ」
俺たちの都合で、誰かの未来を縛ることはできない。
――そして、その頃。
レイラさんとリナも、同じ想いを抱えていた。
――――孤児院――――
子供たちを寝かしつけた後、リナに手招きをされ、私は縁側に腰を下ろした。
夜風が涼しく、遠くで虫の声が聞こえる。
「宝様たち、明日の朝にマジュリアを旅立つんだって」
「……そうですか」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
本当は、ついて行きたい。
宝様たちの隣で、これからも共に戦いたい。
けれど――。
この孤児院で過ごす子供たちとの日々も、私にとってかけがえのないものだった。
「レイラは……どうしたいの?」
リナの問いに、言葉が喉につかえる。
息が苦しい。それでも、今言わなければ、きっと後悔する。
「私は……宝様たちと旅を続けたいです。そして、恩師をこの手で見つけたい」
それが、私がここまで来た理由。
命を救ってくれた先生に、直接お礼を伝えるため。
「でも……私はこの孤児院の先生でもあります。あの子たちを、置いてはいけません」
妖怪に両親を奪われた、まだ小さな子供たち。
誰かの助けがなければ生きていけない存在。
「だから……私がここを離れる訳には――」
その時だった。
ぱちぱちと骨が燃える音。
蹄が地を叩く、不気味で規則正しい足音。
「レイラ・アイスロッドさん」
馬骨の馬車から降り立ったのは、マジュリア軍中将――マルバ・レギオン。
「突然の訪問をお詫びします。あなたに、どうしても伝えたい話がありまして」
中庭を歩くブーツの音が、静寂に響く。
「炎の妖将・璃炎撃破。その報酬をお渡しに来ました」
差し出された羊皮紙。赤いリボンが丁寧に結ばれている。
「貴女の功績を讃え、こちらを授与します」
広げたそこには――
《名誉保育士》の文字。
「私たちは、貴女の目的を理解しています。恩師を探す旅を、尊重したい」
「ですが……私が離れたら、ここは……」
「それなら心配いらないよ!」
馬車から降りてきたのは、ギルドマスターのマグラさんだった。
「孤児院の運営と保育は、あたし達が引き継ぐ。アンタ一人に背負わせるもんじゃない」
豪快な笑顔が、胸に染みる。
「だから、行きな。アンタはアンタの目標を追いな!」
堪えていたものが、溢れた。
「……本当に、ありがとうございます」
温かさに包まれながら、私はようやく、自分の進む道を見つけたのだった。




