行く道筋
マジュリアから旅立つ最後の夜。
俺たちは宿屋にチェックインを済ませ、少し早めの夕食をとった。
長いようで、振り返ればわずか五日間――。
けれど、その短さが信じられないほど濃密な日々だった。
炎神・璃炎との決戦。兆笈といい璃炎といい、「神」の名を冠するにふさわしい怪物たち。
俺が見てきたどんな強敵とも違い、ただ存在するだけで空気を焼く、あの異質な圧。
(……直接見たかったよな。あのサイボーグ軍を一瞬で溶かし、麗華と互角の死闘をした化物・兆笈。どれほどの剛力だったのか)
思い返すほどに胸が熱くなる。
恐怖ではなく、純粋な興味と高揚だ。戦士としての血が騒ぎ、脳裏が火花を散らす。
二柱の神との戦いは熾烈を極め多くの命が散った。
けれど、同時に新たな仲間も得られた。
忘れることのない五日間だった。
「次は……どこの国に行くことになるんだろうね」
ぶどう酒のグラスを揺らしながら呟くと、隣の二人が俺をじっと見つめてくる。
「ご主人、難しい顔してる……でも、ちょっと楽しそう」
「宝は新しい強敵と戦えると思うとウズウズしてるんだよ。顔に出てる」
「でしょ?」
麗華がニヤリとウィンクする。
「あぁ、正直、早く行きたい。だが……それだけじゃない」
俺の声色で察したのか、麗華の表情が少し引き締まる。
「レイラさんのこと、でしょ?」
「……あぁ」
次の国への期待と同じくらい、いや……それ以上に胸を支配していたのはレイラさんについてだった。
リナは恩師を探す旅を続けている。
だから次の国にも同行するだろう。
だが――レイラさんは違う。
「レイラさんは工業区の孤児院を運営してる。……だから、着いて来れないんじゃないかって思ってる」
妖怪に家族を奪われた子供たち。
その面倒を見ているのが彼女だ。
恩師の消息を追いながら、それでも子供たちを最優先にする姿を俺は何度も見てきた。
「レイラさん、恩師を探してるんだよね……」
「あぁ。でも……孤児院の子供たちはレイラさんの宝物だ。俺たちに同行することが、その子たちを危険に晒すと思えば――」
そこまで言うと、ミレが小さく俯いた。
(ミレちゃん、レイラさんにすっかり懐いてたもんね……別れるってなると寂しくなっちゃうよね)
ミレの肩に、そっと麗華が手を置いた。
「……もしかしたら、来てくれるかもしれない。けど、それはレイラさんが自分で決めることだ」
「俺たちが、彼女の未来を勝手に決めることはできない」
その言葉を噛みしめるように、二人は黙って頷いた。
気付けば皿は空になり、店内には夜の風が入りはじめていた。
「食べ終わったし、そろそろ戻ろっか」
「荷物も多いし、早めに準備しておこう」
俺たちは代金を支払い、客室へ向かう。
――――客室――――
窓の外には、昨日より少しだけ明るい街の光が広がっていた。
まだ瓦礫が残る場所もあるが、それでも復興は力強く進んでいる。人は前に進む生き物だと、改めて感じさせられる景色だった。
荷物をまとめるために羊革の袋を取り出し、妖域で得た戦利品やポーション類を詰め込んでいく。
「レイラさんたちの選択は、彼女たちに任せる。……俺たちは準備を進めよう」
そう口にしながらも、胸の奥には別の火が灯っていた。
(――このラグナドールで、わずかだが……茜の気配が強くなってる)
鬼燈 茜。
俺の実の妹。
十三の頃、父が失踪してから別々に暮らしてきた。
(茜も炎系能力者……気配なら誰よりも分かる。璃炎を倒し世界が繋がったことで、その気配が濃くなった)
別世界に渡る道が開いた今、酒呑童子と並んで――
茜に会いに行くという目的が胸に強く燃えはじめていた。
荷造りは思っていたより早く終わった。
時計を見ると、辰の刻。
「もうこんな時間だねっ、お風呂行こ!」
「あぁ。明日は早いから今のうちにさっぱりしとくか」
寝間着とタオルを抱え、俺たちは大浴場へと向かう。
長い戦いを越え、仲間の未来に思いを馳せ、そして……新たな旅の予感に胸を焦がしながら。
マジュリア最後の夜は、静かに更けていく――。




