最強の鬼神
璃炎の左腕を炎の爆撃で吹き飛ばした俺は、麗華の肩を強く押し、後方へ退がらせる。
「すぐに終わらせる。下がってろ、麗華」
「……ありがとう、宝」
麗華は胸を押さえながらも素直に距離を取り、マルバさんがその前に立って守りに入る。
仲間を巻き込む心配がない――これだけで、胸の奥で燻っていた怒りが静かに、しかし鋭く形を持ち始める。
俺は、目の前に立つ“炎と怒りを司る異形の神”――妖将・璃炎をまっすぐ見据えた。
「お前……俺をどこまで楽しませてくれるんだ?」
声色は落ち着いていた。
だが胸の奥底では、愉悦と昂揚、そして奴が仲間に向けた侮蔑に対する怒りが渦を巻いている。
「我に、お前呼びだと……?」
璃炎の胸に埋め込まれた“怒火の核”が、まるで呼応するように灼熱の光を放ち始める。
――次の瞬間、世界が赤く塗り潰された。
璃炎が距離を消し去り、至近距離に肉薄している。
その腕を包む炎は次元そのものを焼却する“獄炎”。触れれば存在が掻き消える。
[『炎行妖術』炎上拳]
「去ね……! 小童!!」
炎拳が俺の顔面に直撃した。
――爆音。
炎の衝撃波が火口をえぐり、天正の大地が数キロ単位で崩落する。
山脈が数秒で溶岩を露わにし、地表が赤く煮え滾る。
この世界の妖域ですら、耐えられないほどの破壊だ。
硝煙が晴れた。
「な……馬鹿な……!」
無傷の俺を見て、璃炎は初めて“理解の外”を知ったように目を見開いた。
(確かに命中した……! だが傷一つない? 馬鹿な……!)
数百万年、怒り以外の感情を持たなかった妖将が、初めて焦燥を覚える。
胸の核が脈動し、怒りとは別種の熱を帯びた。
(全力で行かねば……。我が死ぬ……!!)
俺は一歩踏み込む。
しかしその一歩だけで、距離が一瞬で消失していた。
「反応が悪いぞ、璃炎」
「なに……!?」
俺は拳に僅かな炎を纏わせて振り抜く。
[『炎行妖術』焔鎧]
璃炎が全身に獄炎装甲を展開。
だが、その装甲が拳を受けた瞬間、空気が振動し、十数キロ先の地平が波打った。
「この妖力……特妖ですら突破できぬ装甲が……!」
衝撃波が広がり、マルバさんが吹き飛ばされかける。
岩盤が巻き上がり火山灰が逆巻く。
(受け止め、反撃……! これしかない……!)
――だが無駄だ。
「防御も脆い。これが妖将か?」
俺の左ストレートが、璃炎の胸核を正確に打ち抜いた。
「が……ぁ!」
璃炎の身体がくの字に折れ、数倍速で空へと吹き飛ぶ。
風圧が地表を抉り、大地が波のように盛り上がる。
(この破壊力……! 生物の筋力から生まれるはずがない……! なんだ……この怪物は……!)
「まだ終わりじゃねぇだろ?」
既に俺は璃炎が吹き飛ぶ先へ追いついていた。
六感を超えた“戦いの勘”が俺の身体を導く。
「なっ……!? 速すぎる……!!」
「遅いな。妖将と聞いて期待したが……期待外れだ」
[『煉獄妖術』足炎]
炎を纏わせた踵を璃炎の頭部へ叩きつける。
天地が反転するような衝撃とともに璃炎は地へ落下し、直径数百メートルのクレーターが形成された。
「璃炎が……ここまで!?」
大気が震え、熱気が空へと逃げる。
妖将は“誰も触れられない存在”だった。
その伝説が、今崩壊している。
「不動の最強、だろ? まだ本気じゃないよな」
俺は地に埋まった璃炎の腹へ大剣を突き立てる。
「ぐ……ゲホッ!!」
血煙が噴き出し、地面が溶岩のように赤く染まる。
「あぁ……腹立たしい!!」
璃炎の怒りが爆発し、周囲の空間そのものが燃え上がった。
爆裂した炎が俺を押し剥がし――奴はゆっくりと立ち上がる。
その姿は先程までの妖将ではない。
“怒りの純粋結晶”そのものへと変じていた。
世界が震えている。
周囲数十キロにわたって炎の嵐が巻き起こり、地形が変貌していく。
だが――俺の口角は自然と上がった。
「いい空気になったな、璃炎。
さぁ……お前は俺をどこまで楽しませてくれるんだ?」
燃え滾る地獄の中心で、俺と妖将が向かい合う。
いよいよ、ここからが“本物”の戦いだ。




