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たぬきの定食屋


 暖簾をくぐり店内に入ると、熱気でわずかに焼けた樫の木の壁に、料理の品書きが書かれた少し黄ばんだ紙が貼られている。


 空気は温かく、肉や野菜が焼ける香ばしい匂いと、甘辛いタレの香りが入り混じって鼻をくすぐる。


「ここが、オススメの定食屋か?」

「定食屋『肉たぬき』、駆け出しの冒険者の間で一番人気の店なんだにゃ!」


 ミレはしっぽを激しく振り、目を輝かせ、喉をゴロゴロと鳴らして言った。

 その様子から、この店が相当お気に入りであることがよく伝わってくる。


「確かに、美味しそうないい匂いだな」


 俺はミレに導かれるまま、長いカウンター席に隣同士で座る。

 目の前では、小太りなたぬきの店主が、肉に甘辛いタレをたっぷりとかけて丁寧に焼いている。


「ここはね、色んな動物の肉料理が食べられる、ポップタウンで唯一の店なんだにゃ」

「いつもここに通ってるのか?」


 ミレは元気よくうん!と頷く。


「私のオススメはね、小猪のむね肉かな」

「小猪……? あぁ……あの平原にいたやつか」


 ミレが見せてくれたメニューには、香ばしく焼き上げられた猪のむね肉に粉吹き芋が添えられ、“店主イチオシ!”と書かれている。

 周囲を見回すと、客のほぼ四割が白いご飯と共に猪肉をかき込んでいた。


「それにしてみようかな」


「わかったにゃ!すみませーん!」


 ミレが厨房に向かって声を上げると、奥から「はいよ〜」と間延びした声が返ってきた。

 出てきたのは、いかにも食堂のおばちゃんという風貌のタヌキで、手には赤い提灯を持ち、ほのかな明かりが店内を柔らかく照らしている。


「あらぁ〜ミレちゃん、将来の旦那様を連れてきたの〜?」

「ち、違うにゃ!」

 

「え?将来の旦那?」


 俺が困惑して目をぱちくりさせる横で、ミレは顔を真っ赤にして首を横に振る。


「私はご主人のパーティメンバーにゃ!」


「あら〜、そうなのね〜」


 ミレがあせあせと訂正するのに、おばちゃんは柔らかく笑って受け流す。


「それで、注文にゃけど……小猪のむね肉定食を二つお願いしますにゃ」


「あいわかったよ」


 おばちゃんは注文を受け、厨房に戻っていく。薪が弾ける音と、ジューシーな肉を焼く音が響き、香ばしい匂いと甘辛いタレの香りが鼻腔をくすぐる。


「いい匂いだな」


「でしょ!みんなここの定食が大好きなんだにゃ!」


 ミレの熱意が伝わる。これだけ推す理由も納得だ。


「はいよ!小猪のむね肉定食二人前だよ」


 程なくして、皿には甘辛いタレがかかったひと口大の猪のむね肉が中央に鎮座し、その隣に粉吹き芋とレタスが添えられている。


 白いご飯はふっくらと炊き上がり、美味しそうな香りと湯気を上げていた。


「たんとお食べ!」


「美味しそう!いただきますにゃ!」

「いただきます」


 俺は猪のむね肉を口に運ぶ。噛むと肉汁が広がり、遅れて甘辛いタレの風味が口内に満ちた。


「美味いな。」

「でしょ? ん〜やっぱり美味しいにゃ!」


 ミレは満面の笑みを浮かべ、耳をぴくぴくさせながら白米を頬張る。あっという間に完食し、満足そうに顔を輝かせている。


「美味しかったのにゃ♪」

「早いな」


 二人で食べ終え、会計に移る。


「二人前で648銭だよ」

「はい、ちょうどだ」


 俺は袋から銭を取り出し、手渡すと、おばちゃんはにっこりと笑った。


「まいどあり〜」

「また来るのにゃー!」


 ミレは手を振りながら店を後にした。


ーーーーーー


 外に出ると、街はすでに夜の帳に包まれ、行灯や提灯の灯りが浮かぶ幻想的な風景が広がる。

 民間人中心だった通りも、軍服姿の警察隊が増え、夜の警備を固めている。


「暗くなってきたにゃね」

「あぁ、そろそろ今日の宿屋を探すか」


 隣でミレの瞳孔が大きく開き、興味と期待が混ざった表情をしている。


(そういえば……ミレは、猫又の末裔だから夜目が効くんだな)


「オススメの宿屋は……」


 ミレは周囲をキョロキョロと見回し、泊まれそうな宿屋を探している。


 その時、軍刀を携えた警察隊が俺に声をかけた。


「君、ちょっといいかな」


「どうしたんだ?」


 警察隊の目には僅かな疑念と警戒心が滲む。

 確かに、黒いワイシャツに赤いジャケットという服装は、この世界には不似合いだ。


「君、ここの世界の人じゃないようだけど、どこの世界から来たんだい?」


「よく分かったな、俺は異世界から巻き込まれてここに来た、鬼燈 宝だ」


「なるほどな、通りで見たことのない服装なわけだ」


 疑念が晴れ、警察隊は少し離れて街のパトロールに戻る。


「この国の政府には伝えておくから、早いうちに旅館を見つけておきなさい」

「あぁ、感謝する」


 夜の街を歩きながら、隣のミレが黙っているこちらを見ていることに気付く。


「ん?どうしたんだミレ」


「どうやって、こっちの世界に来たのにゃ?」


 興味と期待に満ちた瞳で俺を見つめる。


「あぁ、さっき言ってた通り巻き込まれた感じだな。けど正直、この世界も結構好きだぞ」


 その答えで、ミレは決意に満ちた表情に変わった。


「なら……私と一緒に、この国を救って欲しいのにゃ!」


 暗闇の中で、瞳に一筋の光を宿す。

 すると少し古びた外観ながらも清潔感のある旅館が目の前に現れた。


「ここなら話しやすいだろう。話は、旅館の中で聞くとしようか」


 俺はそう言い、ミレの手を取り、旅館の中へと歩を進めた。

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