出待ちの大軍
焔犀と熱人形の群勢による奇襲を真正面から退けた俺たちは、さらに奥へと歩を進めていた。
レイラの氷の霧が漂うおかげで、熱気は和らぎ、仲間たちの呼吸もどこか軽くなっている。
「感謝します、レイラさん」
「いえ……展開が遅れてしまって、すみません」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、マルバ中将が静かに首を横に振る。
「謝ることはありません。あなたの術がなければ、今ごろ全員が熱で動けなかったでしょう」
[『氷結妖術』 氷の霧]
妖域全体に冷気を循環させることで、灼熱の空間を一時的に中和する広域氷結術。
その発動には、範囲全体に均等な冷気を送り続ける精密な制御が必要だ。
「そこまで言っていただいて……ありがとうございます」
レイラの頬にうっすら汗が流れる。
その直後、地面の色が目に見えて変化した。
灼熱だった地表が冷え、白煙を上げながら常温へと戻っていく。
「これなら……進みやすいかも」
ミレの声に、全員の足取りが一斉に速まる。
冷気が味方し、熱気が消え、敵の襲撃をことごとく払いのけ――俺たちは予定より早く目的地へと辿り着いた。
――――怒りの岩肌――――
そして目の前に広がったのは、地獄そのものだった。
鬼の頭蓋のような形をした巨大な岩が、永遠に消えぬ炎を纏って燃え盛る。
地面を割るたびに、赤黒い溶岩が噴き上がり、空気が震える。
歪んだ熱気に包まれた山肌は、まるで怒りの神そのものが形を取ったようだった。
「これが……怒りの岩肌」
「地獄って、本当にあったんですね」
仲間の呟きを聞きながら、俺は息を呑む。
まさに“地獄の門”と呼ぶにふさわしい光景だった。
だが、立ち止まる暇はない。
先頭の槍使いが一歩を踏み出した――その瞬間だった。
「ォォォォォォォ……ッ!」
耳を裂く咆哮。
岩壁の両脇から、灼熱に焼かれた熱人形たちが一斉に姿を現す。
その数、五十を超える。
「また来たの!?」
「数が……さっきより多いです!」
リナとミレが臨戦態勢に入ろうとした瞬間――マルバ中将の低い声が響いた。
「ここは我々が引き受けます。鬼哭団の皆様は先へ」
「しかし、中将――!」
ミレが制止しかけたが、その言葉を遮るように、マルバ中将がライフルに弾を込め、静かに構えた。
「私の役目は上官として、璃炎討伐の道を切り開くこと。
道を阻む者がいれば、我々マジュリア精鋭隊が討ち払うまでです」
真面目で、信念に貫かれた声。
その瞬間、彼の瞳が鋼のような光を帯びた。
次の刹那、轟音が響く。
マルバ中将の銃口から閃光が迸り、熱人形の五体が一瞬で岩屑と化した。
「……行け。私たちが食い止めている間に」
その背中に、迷いは一切なかった。
「感謝する、マルバ中将……!」
「うん、行こう!」
俺たちはその勇姿を一瞬だけ目に焼きつけ、地獄の門へと飛び込んだ。
灼熱の空気を切り裂きながら、煉獄の回廊を駆け抜ける。
――怒りの岩肌・城内廊下――
その内部は、想像を超えた地獄の再現だった。
壁面は赤熱し、動物の骨が通路の脇に無数に転がる。
マグマの滴が天井から落ち、床を穿つたびに煙を上げた。
「……こ、怖いのにゃ」
「まるで、世界そのものが怒ってるみたいです」
レイラの顔にも焦りが滲む。
俺は剣を抜き、息を殺して警戒を強めた。
「……出るな。全員、構えろ」
殺気が漂う。
沈黙の中、岩が軋む音が聞こえた。
「……宝」
「あぁ、聞こえる」
麗華と目配せし、目的を共有する。
次の瞬間、天井からパラパラと岩の欠片が落ち――轟音が鳴り響いた。
「レイラさん、ミレ! 全力で後ろに跳べ!」
「え……っ!?」
「にゃっ!」
叫ぶと同時に、二人が跳び退く。
その刹那、先程まで彼女たちが立っていた地面が――爆ぜた。
灼熱の巨体が、煙を纏いながら姿を現す。
〈『最上妖』灼蝸魔〉
――牛の妖怪。
全身の筋肉が岩のように隆起し、瞳は隕石のように赤く燃えている。
吐息一つで地面が焦げ、空気が震えた。
「灼蝸魔……マジュリア帝国を襲った大噴火の時に生まれた妖怪だわ。
マグマで世界を覆い尽くすって言われてる……」
リナが魔法陣を展開しながら言った直後、
灼蝸魔が咆哮を上げ、地を踏み砕くように突進してくる。
[『灼牛妖術』紅蓮突進]
狙いは――レイラとミレ。
「避けます!」
「にゃぁっ!」
二人が瞬時に横跳び。
熱風が髪を焦がすほどの距離でかわす――見事な連携だった。
……が、着地した瞬間、地面が鈍く沈む。
「え……?」
「にゃ……!?」
ガコン、と音がして、床が崩れ落ちた。
そこは巧妙に仕組まれた落とし穴だった。
「しまった……!」
「ご主人っ!」
咄嗟に手を伸ばしたが、間に合わない。
二人の姿は暗闇の底へと飲まれていった。
「レイラぁ!!!」
「ミレ!!」
俺と麗華の叫び声は、黒い空洞に吸い込まれる。
目の前では、灼蝸魔が更なる怒りを燃やし、角を真紅に染め上げていた。
――灼熱が、再び牙を剥く。
もし良ければ、ブックマークと☆の評価、コメントの方も何卒よろしくお願いします!
(作者のモチベーションに繋がります)




