マルバ・レギオン
煌々と熱と炎を上げる"怒りの岩肌"。その周辺に弓を構える二十の妖怪の姿があった。
しかし、その距離は遠く十五キロ。
(この気配……前方だが、距離は十五キロ先か)
マルバ中将は静かに目を細めた。夜風が吹き抜ける中、その背筋は一本の槍のように伸びている。
「この気配、敵は十キロ以上先だぞ? どうやって気づいたんだ……?」
「まぁ見ときなよ。マルバの“直感”は宝の勘って呼ばれてるから」
妖術師の戦く声に麗華が軽く笑って肩をすくめる。
彼女の言葉に、妖術師たちは互いに顔を見合わせ、半信半疑のまま妖気を鎮めた。
その中央で、マルバ中将は一歩前に出た。
彼が懐から取り出したのは、古びた黒鉄のリボルバー。光沢ひとつない、無骨な銃。
だが、その構えは完璧だった。無駄も迷いもない。軍人として積み重ねてきた年月が、わずかな動作にまで刻み込まれていた。
「では……打っ放すぜぇ?」
淡々と告げる声に、獰猛な迫力があった。
引き金に指をかけた瞬間――彼の表情が変わる。
口角が、ゆっくりと吊り上がる。
瞳は爛々と光を放ち、理性の奥に潜む獣が顔を覗かせた。
「“狩り”の時間だぜ?」
低く唸るように呟くと、ライフルの銃身が淡く歪む。
空間そのものが波打つように揺れ、銃口の前に見えない亀裂が走った。
『――亜空妖術』
「お吹っ飛びくださぁい!!!」
引き金を引く。轟音ではなく、空間が“裂ける音”が響いた。
一度の銃声で、放たれた弾丸は二十。
弾丸は空を滑るように進み、亜空間の裂け目を潜り抜け――瞬きの間に十五キロ先へと転移した。
遠くで、金属の破砕音が連続する。
見えないはずの場所で、確かに何かが倒れた。
「全弾、命中……やはり銃は最高だぜぇ」
呟くマルバの声は肉食獣に獰猛で、そして誇らしげだった。
「確認完了。敵狙撃兵全滅です」
淡々と報告するその姿に、一瞬前の狂気めいた気配はもうない。
銃身を軽く払う動作すら、軍人としての礼儀を感じさせた。
「な、なぁ……今の見たか?」
「嘘だろ!? 十五キロ先だぞ!? 視認すらできねぇ距離をどうやって……!」
動揺する冒険者たち。
そんな中、レイラが静かに前へ出た。
「マルバ・レギオン中将。彼の妖術は“亜空妖術”。空間を操り、弾丸を亜空間経由で飛ばす……距離も障害も関係ありません」
「そ、そんな……もはや神業じゃないか」
「いいえ、訓練の賜物です」
戸惑いと驚きの声を上げる斧使いの妖術師に、レイラさんが静かに補足する。
その横顔は尊敬の色に染まっていた。
「彼は常に自分を律し、規律を第一に置く人。でも――」
レイラさんはマルバの背中を見つめる。
「戦場に立つと、あの人は“本能の軍人”になる」
マルバは部下たちに振り返ることなく、冷静に言葉を落とした。
「討伐隊、進軍を再開する。ここで立ち止まっている時間はありませんからね」
その声は規律の塊。無感情で、それゆえに力強い。
「了解ッ!」
冒険者たちが一斉に応える。
再び、夜の荒野に足音が鳴り響いた。
一歩、また一歩――進むたびに、空気が熱を帯びていく。
地面から立ち昇る熱波が、靴底を通して伝わる。
まるで岩そのものが息をしているかのようだった。
「……暑いよ」
ミレが額の汗を拭う。
熱気が苦手なのか、少し項垂れている。
「怒りの岩肌は活火山。妖力とマグマが混ざり合ってる。近づくほど熱気が増すわ」
レイラが淡々と説明する。
「火山で戦うのか……」
「ええ、炎の神格を討つには、相応しい舞台でしょう」
麗華が静かに、しかし愉しげに言う。
その時、マルバが再び立ち止まる。
振り返らずにただ一言――。
「覚悟を決めてください。ここからが地獄です」
その背に、月明かりが落ちる。
静かで、そして誰よりも頼もしい将の姿だった。




