突入前夜
――――マジュリア王城・王の間――――
天井のシャンデリアが金糸のような光を放ち、漆黒の大理石の床に赤い絨毯が鮮やかに映える。
その中心に、一人の男が跪いていた。
マルバ中将。マジュリア軍の中でも最古参の妖術師にして将軍。
彼の前には、この国の象徴たる王、テスラが座していた。
「テスラ王……ご報告があります」
空気が張り詰めた。
マルバの声は低く、だが明瞭に響く。
金の王冠を戴くテスラ王は、その言葉を静かに受け止める。
「例の妖域の件だな。儂の耳にも届いておる」
その声に重みが宿る。
長い歳月を戦乱とともに歩んできた王の声音だった。
「はい……まだ“璃炎”の妖域か確定はしていませんが、観測された妖力量は異常。兆笈級を遥かに上回っております」
「……つまり、ほぼ璃炎と見て間違いないか」
テスラ王は目を細め、玉座から立ち上がった。
光が彼の白髪を照らし、王の顔に深い皺を刻む。
(兆笈すら生温いと感じる妖力量……。間違いない。奴だ)
(放置すれば、帝国どころか大陸ごと焼き払われる)
王は決断の色を瞳に宿し、ゆっくりと頷く。
「――挙兵を許可する。その妖域、何としても制圧せよ」
「はっ! このマルバ、必ずや陛下の御期待に応えてみせましょう!」
マルバが深く頭を垂れる。
金属の肩鎧が擦れ、静寂に重い音を落とした。
王の間を後にするマルバの背を、テスラ王は黙って見送る。
その瞳には、王という仮面の下に隠された“ひとりの男”の不安が浮かんでいた。
(マルバ……お前ほどの妖術師でも、あの炎の妖を止められる保証はない)
(それでも行かせねばならぬ。それが――王の業だ)
「……死ぬなよ、マルバ」
扉が閉じると同時に、老王の呟きだけが広間に残った。
その声は、炎のように揺れる孤独の音だった。
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――――日暮れ、マジュリア城下町――――
夕陽が瓦の屋根を金に染める。
俺たちは、兆笈の襲撃で壊滅した城下町の露店を手伝っていた。
麗華の修復魔法で建物の骨組みは立て直されたが、商品や設備までは元通りにできなかった。
それでも、誰もが笑っていた。
人々の「生きよう」という光が、この街を再び動かしていた。
「こちらの商品はカウンター横に置いておきますね」
「助かるぜ、レイラちゃん!」
レイラが薬草の瓶を整然と並べる。
俺とミレは、武具屋の鎧と武器の整備を任されていた。
「おっちゃん、こんな感じでいいか?」
「おぉ! 完璧だ坊主! お前、ここで働かねぇか?」
「ご主人様は私たちのリーダーです!」
ミレの誇らしげな声に、店主はガハハと笑った。
「悪ぃ悪ぃ、頼もしいお仲間だな!」
大きな手で俺とミレの頭をがしがしと撫でる。
「若いモンが手伝ってくれるなんて、ありがてぇなぁ!」
薬屋のおばあちゃんも、通院で難を逃れたらしく健在だった。
「桜のお姫様には感謝だねぇ……」
アクセサリーを直す麗華に、老女が手を合わせる。
「う、うぇ!? お姫様って私のこと!?」 麗華が顔を真っ赤にしてあたふたする。
「いい呼び名だな、桜のお姫様」
「あぁ、麗華にぴったりだ」
「もーっ、宝ったらー!」
麗華は頬を染めながら、俺の背中をぽかぽか叩いた。
夕暮れの笑い声が、壊れた街を少しずつ癒していく。
そんな中、カツカツと硬い靴音が響いた。
振り向くと、背筋の伸びた男が歩いてくる。
眼鏡越しの鋭い眼光。整ったオールバック。
「あ! マルバ中将!」
「復旧作業……お疲れ様です、鬼哭団御一行」
マルバが深く頭を下げる。
麗華は笑って手を振った。
「お礼なんていいよ! 私がやりたくてやってることだもん!」
「それでも感謝を。……そして、お願いがあって参りました」
その言葉に、俺たちは表情を引き締める。
「怒りの岩山への突入作戦、共に璃炎と戦ってほしい――だろ?」
「左様でございます」
やはり、来たか。
俺たちも同じ決意を胸に抱いていた。
「もちろんだ。是非同行させてくれ」
俺は手を差し出す。
マルバがその手を力強く握った。
戦場を知る男の掌は、厚く、そして温かかった。
「出発は丑の刻。マジュリアの関門前に集合を」
「了解だ」
マルバが去る背中を見送りながら、俺は小さく呟いた。
「……これが、決戦の夜になるな」
その時、薬屋のおばあちゃんが木箱を抱えて歩み寄った。
「宝さん、これを持って行きなさいな」
中には、光を帯びたポーションがぎっしり詰まっている。
「いいのか、おばあちゃん」
「みんなの命のために戦うんだろ? これは、街からの“お守り”さ」
老女は優しく笑い、木箱を麗華の腕に抱かせた。
「ありがとう、おばあちゃん!」
麗華の声が弾む。
「へっ、俺からも景気づけだ!」
武具屋の親父が差し出したのは、革袋に入った干し肉。
「戦いの前にゃ、これが一番効く!」
「ありがとう、おっちゃん。ありがたく頂くよ」
レイラとリナが頭を下げる。
「皆さん……本当にありがとうございます」
「気にすんな! 璃炎の野郎をぶっ飛ばしてこい!」
「はい。必ず、生きて帰ります」
その約束を胸に、俺たちは夕焼けに染まる街を後にした。
背後で、街の灯がひとつ、またひとつ灯る。
――それはまるで、俺たちを送り出す祈りの光のようだった。




