復興の祈祷
時空を操る特妖――兆笈との死闘を終え、麗華は見事に奴を討ち果たした。
空を裂くような閃光と轟音の後に訪れたのは、あまりにも静かな結末だった。
あの戦いから、まだ一刻も経っていない。
それでも麗華は休むことなく、更地と化したマジュリアの城下町へと足を運んでいた。
「ほとんど……何も残ってないね」
彼女の瞳に映るのは、かつて活気に満ちていた街の無残な姿。
兆笈と最初に衝突したサイボーグ軍団は、全てが鉄くずに変わり果てていた。
そして、巻き込まれた堅気たちは、誰一人として生き残っていなかった。
瓦礫の山を前にして、俺は小さく息をつく。
「麗華……無理するな。今は身体を休めてもいいんだぞ」
相手は“時”の神と呼ばれた怪物だ。
彼女は深手を負わなかったものの、あの戦いで妖力も体力も極限まで消耗しているはずだ。
だが――麗華は、俺に振り向きながら満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫! こうしてる間にも、お家を失って困ってる人たちがいるんだもん。私が休んでる場合じゃないよ!」
その声は、あの空に咲いた桜のように明るく澄んでいた。
疲労を滲ませながらも、それを微塵も感じさせない笑顔。
彼女の強さは、剣でも妖術でもなく、人の心に希望を与える光そのものだ。
「……そうか。なら、俺も手伝わせてくれ」
俺は決意を込めて言った。
「兆笈と戦ったのはお前だけじゃない。俺も、ここにいた。責任は俺にもある」
麗華は一瞬、目を丸くしてから嬉しそうに笑った。
「ありがとう! じゃあ私が街を直すから、宝は妖力の供給お願い!」
「了解だ」
麗華は俺にとって、ただの幼馴染なんかじゃない。
何度も死地を共に越え、支え合ってきた唯一無二の仲間であり、相棒だ。
――そんな彼女が立つ限り、俺は何度でも隣に立つ。
彼女の華奢な肩に、俺はそっと左手を置く。
体内の妖力を解き放ち、温かな流れとして麗華の体に注ぎ込む。
「宝……ありがとう!」
麗華がウィンクして微笑む。
その笑顔が、どんな妖術よりも強く心を満たした。
彼女は豊かな丸みを帯びた胸元に添えるように手を組み、ゆっくりと瞳を閉じる。
緑と朱の光が同時に立ち上り、風が優しく揺れた。
(全部、元に戻す……!)
「ふぅっ……!」
彼女の瞳が見開かれた瞬間、緑の奔流が城下町全体を包んだ。
大地が震え、瓦礫が浮かび上がる。
崩れ落ちた建物の破片が、光の筋に引き寄せられ、再び“形”を取り戻していく。
――まるで、時間そのものを巻き戻すように。
折れた柱が立ち、ひび割れた壁がつながる。
一分もしないうちに、荒れ果てた街が、あの頃の活気を取り戻したかのような姿へと変わっていった。
「麗華……。まさかここまでの修復術を習得してたとは……」
驚きを隠せずに呟くと、麗華は笑って肩をすくめた。
「ここに来てから毎日練習してたんだよ! 私って、どうしても戦うと壊しちゃうでしょ? だから、その分だけ直せるようになりたくて!」
そう言いながらも、彼女の指先からは途切れることなく妖力が流れていく。
俺が声をかけても、その集中は微塵も乱れない。
まるで修復の女神が舞っているような美しさだった。
「よし、だいたい直ったよ!」
麗華の声に合わせて見渡せば、そこには完全に復活した城下町があった。
かつての賑わいそのままに、露店や家屋が並び、風鈴が鳴っていた。
「人は……戻せないけどね。でも、建物くらいなら完璧に直せるよ!」
麗華は胸を張り、少し得意げに笑った。
「あぁ、本当にすごい。お前がここまで成長するなんて……」
「ふふっ、もっと褒めていいんだよ?」
そう言ってウィンクを決める麗華。
その無邪気な仕草に、胸の奥の疲労がすっと消えていく。
そこへ、外縁部の妖怪を撃退してきたリナたちが駆け寄ってきた。
「すごい音がしていましたけど……まさか上位妖怪がここまで攻めてきたんですか?」
「うん。兆笈と戦ってたんだ」
その言葉に、リナが息を呑む。
「兆笈……特妖ですよね?」
「そう。街はめちゃくちゃになったけど、なんとか倒せた!」
「兆笈を……!? すごいにゃ!」
ミレが目を輝かせる。
「えへへ〜。そうだ、リナさんたちの方は?」
「こちらも押し返しました」
そこへ、関門側からマルバ中将が姿を見せた。
額や脇腹に血が滲み、鎧には泥と傷。
それでも姿勢は崩さず、誇り高く歩いてくる。
「マルバ中将!」
麗華が駆け寄る。
「妖怪の襲撃を抑えていただき、感謝します」
俺が頭を下げると、中将は厳粛に敬礼した。
「こちらこそ、兆笈を討ち果たしてくれたこと……感謝する」
その背後から、機械仕掛けの甲冑をまとった兵士たちと、レイラさんが駆けてきた。
「中将! 報告があります!」
「どうした?」
鎧の青年が言葉を続ける。
「我々の部隊が“怒りの岩山”にて、謎の褐色の城を確認。おそらく“璃炎の妖域”かと!」
「璃炎……!」
その名を聞いた瞬間、麗華の表情が引き締まる。
璃炎。この世界に五体のみ存在する“妖将”の一人。怒りの神格を持つ存在。
レイラさんが静かに頷いた。
「兆笈の妖気を上回る、燃えるような憎悪を感じました。特妖すら子供のように思えるほどの……圧倒的な力を」
マルバ中将は眉を寄せ、決断する。
「……分かった。この件は直ちにテスラ王へ報告する。次の戦いに備えよう」
馬骨の蹄音が響き、彼は王城へと駆け出していった。
こうして、俺たちは新たな戦い――
怒りの神、璃炎との決戦の幕開けを迎えることになる。




