表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/64

罪悪感

 ――斬撃の余韻が、夜気の中にまだ残っていた。


「はぁ……はぁ……何とか、勝てた……」


 兆芨の喉を裂いた刀を、麗華はゆっくりと引き抜いた。

 刃先にまとわりついた妖の血は黒く光を反射し、桜色の残滓を散らして霧のように消えていく。

 戦闘の衝撃で崩れた石畳。舞い散る夜桜の花弁が、彼女の長い茶髪にそっと触れて滑り落ちた。


 胸元が上下に揺れ、呼吸が荒い。汗と血が混じった匂いが、風に流れる。

 いつも天真爛漫に笑うその瞳は、今はわずかに潤んでいた。勝利の安堵と、命を奪った重み。その狭間で心が震えている。


(終わった……でも、こんな勝ち方しかできなかった……)


 その瞬間、背後から風を切る音。

 振り返ると、月光を背に受けて俺が駆け寄ってくる。


「麗華、兆芨を――殺ったんだな」

「……うん」


 その返事はかすれ、微かに震えていた。

 脇腹や肩、頬には斬り傷が走り、白い肌に紅い筋が滲んでいる。

 それでも麗華は、俺を見るとほっとしたように微笑み、首を傾けた。


「けど……城下町のみんなを守れなかった。……ごめん」


 その声は、戦場の静寂に溶けるほど細かった。

 麗華の性格――明るさの裏に潜む、自責と優しさが滲む。

 血に染まった刀を握る指先が、わずかに震えている。


「大丈夫だ。ここに来る前に、俺が工業区の北端へ住民を避難させておいた」

「……本当?」

「あぁ。だから、もう思い詰めなくていい」


 麗華は胸元に手を当て、涙を堪えるように小さく息を吐いた。

 その頬を夜風が撫で、髪が流れる。


「ありがとう、宝……でも、あいつに“時間結界”を出させたのは、私の油断。だから、この街は……私一人で治す」


 彼女の言葉に、俺は唇を噛んだ。

 どこまでも抱え込もうとする、真っ直ぐすぎる強さ。

 血で濡れた衣服の下で、彼女の胸元が小さく上下しながらも、目はもう前を向いていた。


「宝は先に戻ってて。テスラ王に報告してくるから」


 麗華は風を受け、背を向けて歩き出す。

 肩を押さえる手が震えているのに、背筋はまっすぐだった。

 その姿を見送りながら、俺は改めて思った。――あの天真爛漫さは、強さの仮面なんだと。


――――


――――――――


――――マジュリア王城・王の間――――


 黄金の壁画が月光を反射し、床に光の模様を落としていた。

 玉座に座るテスラ王の前で、麗華は片膝をつき、血の滲む手で剣を支えていた。


「城下町から異常値の妖力反応と爆発音を感知した。……まさか、璃炎の配下か?」


 王の声が響く。

 麗華は静かに頷き、震える声で報告を始めた。


「はい。敵の名は――《兆芨》。時間を操る特妖でした」


 言葉とともに、傷口からわずかに血が滴る。

 彼女はそれを隠さず、真摯に続けた。


「奴の妖術は『時間妖術』と『時征妖術』。時間そのものを止め、対象を己の時空へ閉じ込めるものでした。ですが……すべて打ち破り、討ち果たしました」


 テスラ王の眉が動く。

 やがて、重々しく口を開いた。


「サイボーグ部隊が光を待たずして壊滅したと報告を受けた。……まさか単独で討伐したとは、驚嘆だ」


 その言葉に麗華は小さく頭を下げた。

 だが、すぐに苦しげに口を開く。


「しかし……城下町も、工業区も……守りきれませんでした。多くの民が家を失いました。すべて、私の責任です」


 胸元を押さえながら深く頭を下げる。

 その姿に、王はしばし沈黙し、やがて柔らかな声を発した。


「……良い。麗華殿よ、顔を上げなさい」


「え……?」


 叱責を覚悟していた彼女は、驚いたように顔を上げた。

 王の瞳には、怒りではなく感謝の光が宿っていた。


「本来、特妖は一強国の全軍事力、そして稀代の英雄をもってしても倒すことは困難な存在だ。お主がそれを一人で斃した。それこそ、この国を救った功績に他ならぬ」


 麗華の瞳が、わずかに潤む。

 唇が震え、言葉が零れた。


「……ありがとうございます……。ですが、街の復興だけは……私の手でやらせてください。あの場所を壊したのは、私ですから」


 その言葉に、テスラ王は深く頷いた。


「よかろう。麗華殿、そなたに城下町復興の全権を委ねる」

「……はい!」


 麗華は立ち上がり、背筋を伸ばした。

 戦闘で乱れた髪が風に揺れ、光を受けて黄金色に輝く。

 その姿は、剣姫であり、希望そのものだった。


 天真爛漫な笑みが戻る。

 けれどその奥には、確かな覚悟の炎が燃えていた。


 ――戦いは終わっていない。

 彼女はそう信じて、再び前を見据えた。

もし良ければ、ブックマークと☆の評価、コメントの方も何卒よろしくお願いします!

(作者のモチベーションに繋がります)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ