罪悪感
――斬撃の余韻が、夜気の中にまだ残っていた。
「はぁ……はぁ……何とか、勝てた……」
兆芨の喉を裂いた刀を、麗華はゆっくりと引き抜いた。
刃先にまとわりついた妖の血は黒く光を反射し、桜色の残滓を散らして霧のように消えていく。
戦闘の衝撃で崩れた石畳。舞い散る夜桜の花弁が、彼女の長い茶髪にそっと触れて滑り落ちた。
胸元が上下に揺れ、呼吸が荒い。汗と血が混じった匂いが、風に流れる。
いつも天真爛漫に笑うその瞳は、今はわずかに潤んでいた。勝利の安堵と、命を奪った重み。その狭間で心が震えている。
(終わった……でも、こんな勝ち方しかできなかった……)
その瞬間、背後から風を切る音。
振り返ると、月光を背に受けて俺が駆け寄ってくる。
「麗華、兆芨を――殺ったんだな」
「……うん」
その返事はかすれ、微かに震えていた。
脇腹や肩、頬には斬り傷が走り、白い肌に紅い筋が滲んでいる。
それでも麗華は、俺を見るとほっとしたように微笑み、首を傾けた。
「けど……城下町のみんなを守れなかった。……ごめん」
その声は、戦場の静寂に溶けるほど細かった。
麗華の性格――明るさの裏に潜む、自責と優しさが滲む。
血に染まった刀を握る指先が、わずかに震えている。
「大丈夫だ。ここに来る前に、俺が工業区の北端へ住民を避難させておいた」
「……本当?」
「あぁ。だから、もう思い詰めなくていい」
麗華は胸元に手を当て、涙を堪えるように小さく息を吐いた。
その頬を夜風が撫で、髪が流れる。
「ありがとう、宝……でも、あいつに“時間結界”を出させたのは、私の油断。だから、この街は……私一人で治す」
彼女の言葉に、俺は唇を噛んだ。
どこまでも抱え込もうとする、真っ直ぐすぎる強さ。
血で濡れた衣服の下で、彼女の胸元が小さく上下しながらも、目はもう前を向いていた。
「宝は先に戻ってて。テスラ王に報告してくるから」
麗華は風を受け、背を向けて歩き出す。
肩を押さえる手が震えているのに、背筋はまっすぐだった。
その姿を見送りながら、俺は改めて思った。――あの天真爛漫さは、強さの仮面なんだと。
――――
――――――――
――――マジュリア王城・王の間――――
黄金の壁画が月光を反射し、床に光の模様を落としていた。
玉座に座るテスラ王の前で、麗華は片膝をつき、血の滲む手で剣を支えていた。
「城下町から異常値の妖力反応と爆発音を感知した。……まさか、璃炎の配下か?」
王の声が響く。
麗華は静かに頷き、震える声で報告を始めた。
「はい。敵の名は――《兆芨》。時間を操る特妖でした」
言葉とともに、傷口からわずかに血が滴る。
彼女はそれを隠さず、真摯に続けた。
「奴の妖術は『時間妖術』と『時征妖術』。時間そのものを止め、対象を己の時空へ閉じ込めるものでした。ですが……すべて打ち破り、討ち果たしました」
テスラ王の眉が動く。
やがて、重々しく口を開いた。
「サイボーグ部隊が光を待たずして壊滅したと報告を受けた。……まさか単独で討伐したとは、驚嘆だ」
その言葉に麗華は小さく頭を下げた。
だが、すぐに苦しげに口を開く。
「しかし……城下町も、工業区も……守りきれませんでした。多くの民が家を失いました。すべて、私の責任です」
胸元を押さえながら深く頭を下げる。
その姿に、王はしばし沈黙し、やがて柔らかな声を発した。
「……良い。麗華殿よ、顔を上げなさい」
「え……?」
叱責を覚悟していた彼女は、驚いたように顔を上げた。
王の瞳には、怒りではなく感謝の光が宿っていた。
「本来、特妖は一強国の全軍事力、そして稀代の英雄をもってしても倒すことは困難な存在だ。お主がそれを一人で斃した。それこそ、この国を救った功績に他ならぬ」
麗華の瞳が、わずかに潤む。
唇が震え、言葉が零れた。
「……ありがとうございます……。ですが、街の復興だけは……私の手でやらせてください。あの場所を壊したのは、私ですから」
その言葉に、テスラ王は深く頷いた。
「よかろう。麗華殿、そなたに城下町復興の全権を委ねる」
「……はい!」
麗華は立ち上がり、背筋を伸ばした。
戦闘で乱れた髪が風に揺れ、光を受けて黄金色に輝く。
その姿は、剣姫であり、希望そのものだった。
天真爛漫な笑みが戻る。
けれどその奥には、確かな覚悟の炎が燃えていた。
――戦いは終わっていない。
彼女はそう信じて、再び前を見据えた。
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