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ホップタウン


 風妖精の森林を抜けた頃、日はすでに傾き、空は深い茜色に染まっていた。

 

 地平線の向こうへ沈みゆく夕日は、まるで世界の端をゆっくりと焼き尽くす炎のよう。

 草原を渡る風が、昼の名残の温かさと夜の冷えを混ぜ合わせて肌を撫でる。

 

 草の海が波打ち、遠くで獣が息を潜め、空の色だけが刻一刻と変わっていく。

 

「……凄いスピードにゃ……」

 背中から聞こえるミレの声は、驚きと困惑が入り混じっていた。

 

「方向は合ってるか?」

「合ってるにゃ。この調子なら……夜になる前には着くにゃ」

 俺は応えると同時に、さらに速度を上げる。

 

 地面を蹴るたびに風が裂け、視界の端で景色が流れていく。

 この草原を通常の冒険者が越えるなら半日はかかる距離だ。

 

 ――だが、今は時間をかける理由がない。

 

 日が完全に沈む直前、遠くに灯りが見えた。

 規則的に並ぶ篝火と、街を囲う柵。

 

 ホップタウンの関所だった。

 

――ホップタウン・検問――

 

 夜の帳が降り始めた頃、木造の検問所がはっきりと視界に入る。

 

 簡素なログハウス造りだが、周囲には国王軍の兵士が数名、隙のない姿勢で立っていた。

 商人や旅人たちが荷を背負い、静かに列を成している。

 

 ざわめきはない。だが、規律と監視の空気が確かに存在していた。

 

「ここで通行証を見せる感じか?」

「通行証と、入国料を払えば入れるにゃ……」

 

 ミレの声が、わずかに硬い。

 尻尾も、先ほどまでの軽やかさを失っている。

 

「……怯えてるな。どうした?」

「……! なんでもないのにゃ」

 

 否定は早すぎた。

 森を越え、幾つもの世界を渡ってきた俺には、その理由が容易に想像できる。

 

「理解した。無理に話さなくていい」

「……にゃ?」

 そのとき、衛兵の声が響いた。

 

「次の者、前へ」

「手続きは俺がやる。ミレは背中で休んでいろ」

 

「……ありがとうなのにゃ」

 俺は一歩前に出て、懐から通行証と入国料を取り出す。

 

 看板には一律五百銭とあるが、提示したのは千銭。

 この程度で足止めされる理由は作らない。

 

「これでいいか」

 衛兵は通行証を一瞥し、短く頷いた。

 

「通ってよし。次の者、前へ」

 関所を抜けた瞬間、背中でミレが小さく息を吐くのが分かった。

 

「……大丈夫だったにゃ?」

「あぁ。この国は――今のところはな」

 ホップタウンの街並みが、夜の灯りに照らされて広がる。

 

 木造の家屋、石畳の道、軒先に揺れる暖簾。

 和風の庶民的な街並みは、どこか文明が芽吹き始めたばかりの匂いを感じさせた。

 

「……そろそろ歩けるにゃ」

「無理はするな」

 ミレは背中から降り、隣に並ぶ。

 

 その距離感に、ふと胸の奥が疼いた。

 

 ――麗華。

 

 かつて、当たり前のように隣を歩いていた存在。

 

「どうしたのにゃ? 考え事にゃ?」

「……一緒に飛ばされた幼馴染のことだ」

 

 ミレは少し驚いた顔をして、懐から紙切れを取り出す。

 

 写真付きの、少し古びた手配書のような紙。

 そこに写っていたのは、腰まで伸びた茶髪の女子高生。

 

「多分……この人にゃ?」

「……間違いない。俺の幼馴染だ」

 

 次の瞬間、ミレが小さく呻き、脇腹を押さえた。

 包帯の隙間から、血が滲んでいる。

 

「くそ……」

 

「だ、大丈夫にゃ……」

「無理をするな。情報集めは後だ」

 視界の端に、瓶の形をした看板が映る。

 

 ――道具屋。

 

 俺や麗華ならオーラで自己修復が可能だが、

 ミレには異能力の兆候がない。

 

 放置すれば、ここが彼女の終着点になる。

 

――アイテムショップ――

 

 木を基調とした店内には、雑貨や宝石、魔物素材の装飾品が所狭しと並ぶ。

 奥から、陽気そうなスキンヘッドの店主が顔を出した。

 

「いらっしゃい、ベイドの道具屋だ」

 

「回復ポーションを三本頼む」

「四百五十銭だ」

 

 支払いを済ませ、噴水広場へ向かう。

 

――噴水広場――

 

 ミレはポーションを飲み干し、目に見えて安堵の表情を浮かべた。

 傷口は完全に塞がっている。

 

「……生き返ったにゃ」

「それでいい」

 

「これからどうするのにゃ?」

「冒険者ギルドだ。――人と情報が集まる」

 その直後、ミレの腹が鳴った。

 

「……にゃ///」

「夕飯抜きだったな」

 立ち上がろうとしたところで、ミレが伏し目がちに言う。

 

「夕飯代……私に出させて欲しいにゃ」

「理由は?」


「……命のお礼にゃ」

 俺は少し考え、頷いた。

 

「なら、遠慮なくご馳走になる」

 ミレの顔が、ぱっと明るくなる。

 

 屋台から漂う肉の焼ける匂いが、夜の街に溶けていった。

 

 ――束の間の安らぎ。

 

 だが、俺は知っている。

 

 この街も、

 この世界も、

 

 決して安全ではないことを。

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