表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/66

流麗

 声は落ち着き、瞳に揺れる光は穏やかに沈む。

 胸の膨らみが微かに波打ち、力強さと軽やかさが同居する。

 それは“流し”の目――流れる水面のように静かで、氷の刃のように鋭い、美しき戦士の瞳だった。


 ――夜風が息を呑む。


「ギ……ギィ……」


 兆芨の瞳孔が、かすかに震えた。

 幾千年、誰よりも“時”を操り、帝国の興亡を見下ろしてきた神が、初めて恐怖という名の感情を宿す。

 背後に浮かぶ時計盤の針が狂ったように回転し、空気がねじれる。

 世界が、まるで己の運命を取り戻そうと悲鳴を上げていた。


 麗華の髪が闇夜に舞い、月光がその輪郭をなぞる。

 微かに笑んだ唇の端が、戦場の冷気の中で紅を差したように鮮やかだった。

 胸の膨らみが呼吸に合わせて上下し、そのたびに揺れる影が粉塵の中で生命を主張する。


「……もう、あなたの“時”は訪れない」


 風が止み、世界が静止する。

 鈴のように澄んだ声が響いた瞬間、空気が裂け、光が走った。


 刹那、兆芨の左腕が宙を舞った。


「ギィ……!」


 時間が止まったのではない。

 彼女が、“時間よりも速かった”のだ。


 瓦礫が宙に浮き、粉塵が凍りつく。

 光の粒子が空間を割り、世界の骨格そのものが軋む音がした。

 兆芨は神としての威厳を保ちながらも、確かに警戒していた。――己が敗北を予感したのだ。


「あなたの妖術……もう分かってる。敵の時間を奪い、“起こるはずだった未来”を消す。それが、あなたの本質」


 麗華の声は淡々としていた。だが、その瞳の奥には、烈火のような激情が燃えている。


 兆芨が唸り声を上げる。雷鳴のように重く、地面が震える。


 麗華は踏み込んだ。

 瓦礫が爆ぜ、地面がひび割れ、夜空の粉塵が一気に吸い込まれる。


[桜鈴妖術 桃華旋空(とうかせんくう)


 桜が咲いた。

 闇を切り裂く旋風が夜を桃色に染め、刃の軌跡が光の花弁となって舞い散る。

 鋭い風圧が兆芨の装甲を斬り裂き、空間を削ぎ落とす。


「遅いよ!」


 時間が消えた。

 麗華は0秒の領域に踏み込み、空気の摩擦さえ置き去りにして疾駆する。


 光閃――兆芨の両腕が爆ぜ飛ぶ。

 巨体が地面を抉りながら崩れ、関門が粉塵に呑まれる。

 轟音とともに空が震え、城下町全体が波打つ。


 だが、それでも終わらない。


 兆芨の胸の奥で、紫の光が脈動する。

 神の鼓動。世界を律する“時”の心臓。


 空気が捻じれ、空間が波のように揺らぐ。

 重力が狂い、地面が天へ吸い上げられる。


[時間妖術 時の歪み(タイムトランス)


 爆音はない。

 ただ世界が、音を失って消えた。


 瓦礫も、風も、地平も。

 すべてが虚無に飲み込まれ、城下町が地図から消滅する。


 麗華の頬を一筋の汗が伝う。

 それは恐怖ではなく、昂揚の汗。

 戦士の血が戦いに震えるときの、あの熱。


「……やっぱり、さすがは特妖クラス。規模が違うね」


 微笑みが閃光を照り返す。

 彼女は一歩、また一歩と虚空を踏みしめ、太刀を構える。


「ギギギギギ……!」


 兆芨が最後の力を解放した。

 胸の針が光を纏い、紫の稲妻が世界を裂く。


[時間妖術 時間喪失(タイムグレイブ)


 時の奔流が押し寄せる。空間が震え、天地が逆転する。


 麗華の背に桜が咲く。

 夜の風が桃色の光を帯び、花弁が舞い上がる。


[桜鈴妖術 夜桜乱舞(ナイトケラース)


 時間と花が衝突した。

 光の奔流と桜の嵐が爆ぜ合い、世界そのものが悲鳴を上げる。

 圧倒的な輝きが夜空を飲み込み、地平線が桃色の光で焼かれる。


「……だけど、正面衝突なら私の方が上だよ!」


 叫びが轟音を突き破った。

 麗華の太刀が空間を真っ二つに裂き、閃光の中心を駆け抜ける。


 刹那、彼女の姿は光そのものになった。

 血飛沫も、風も、全てが遅れて追いかける。


 兆芨の懐に潜り込み、刃を閃かせる。


「これで――終わりだよ!」


 桜が爆ぜた。

 時間を止める神の首が、桃色の花弁とともに宙を舞う。

 胸の光が潰え、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。


 世界に“時”が戻る。


 静寂。

 花びらが風に舞い、粉塵が黄金に輝く。


 麗華は息を吐いた。

 髪が風に流れ、胸元が揺れる。その姿は、戦場に咲く一輪の花のように儚く、そして力強い。


 ――誰もが息を呑む。

 その笑みは天真爛漫でありながら、確かな誇りを宿していた。勝利の女神のように美しく、そして、戦場に生きる者の覚悟が宿っていた。


 瓦礫の中、止まった時計盤の欠片が微かに光る。

 かつて時間を司った神の残影。しかし、もはやそれは過去。


 煉獄の熱気が、夜風を伝って彼女の頬を撫でる。


 麗華の奮闘により、マジュリアを恐怖に陥れた二柱の神の片割れ……時の神格は打破された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ