破壊の喧騒
マルバ中将からサイボーグ軍団・甲部隊を見せてもらってから二週間が過ぎた。
無骨な鋼鉄の巨兵たちが城下町を見回るようになってからは一週間近く。俺たちもまた、璃炎とその配下の妖怪との決戦に備えて、妖力の鍛錬に励んでいた。
「麗華、訓練の調子はどうだ?」
「あっ、宝。もちろん絶好調だよ!」
柔らかな声と共に、彼女の背後で無数の桜花が渦を巻く。
麗華の固有妖術――桜鈴妖術。春を統べるかのように、花びらを刃に、風を剣に変える術。
その姿はあたかも春そのものが舞い降りたようで、訓練場に淡い光を散らしていた。
「宝の方はどうなの?」
「俺も炎の火力を上げている。配下の妖怪がどれほどの強さか分からない現状……鍛えておいて損はないからな」
「そうだね……」
彼女の表情がふと翳る。桜花の光の中で浮かんだその不安げな横顔に、俺はわずかな異変を覚えた。
「どうしたんだ? 麗華」
近づいた瞬間、鋭い電流のような妖気が肌を刺した。
膨張する妖気は、工業地帯で見た上妖の群れや、麗華が相対した風鬼すらも霞ませる。比べ物にならない重圧が空気を支配していた。
(……なるほど、これを感じ取ったのか)
「宝……もしかしたら璃炎の配下かも」
麗華の声音が張りつめる。
怒りを司る神格――璃炎。その配下とあらば、上妖ごときは赤子同然。神災にも等しい怪物が迫っている。
「この気配……城下町の方だな」
「急ぐよ、宝!」
互いに視線を交わしただけで、次の行動は一致していた。
訓練を中断し、俺たちは全速で城下町へ駆け出す。
リナとレイラは孤児院へ戻り、子供たちの保護。ミレは工場地帯の護衛を任せている。
だが、城下町に配されたのは鋼鉄の守護者――サイボーグ軍団。
(もし戦いを避けるなら工業地帯を狙うはず……なのに城下町? 一体何を狙っている……)
脳裏に疑念がよぎる。だが祈るように、俺はテスラ王とマルバ中将の無事を願った。
(お願いだ……サイボーグ部隊、せめて俺たちが着くまで持ちこたえてくれ!)
麗華もまた心で願いを叫び、春風すら凌ぐ速さで走る。
「麗華! スピードはお前の方が上だ! 先に行って加勢してくれ!」
「了解!!」
声を残す間もなく、彼女の姿は時の檻を突き破った。
風圧に吹き飛ばされる上妖の群れすら、彼女の疾走に触れた瞬間、塵と化す。零秒の刹那で十数体の怪異が潰えた。
次の瞬間にはもう、麗華の姿は俺の視界から完全に消えていた。
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――――城下町――――
時は少し遡る。
甲部隊。鋼鉄の巨兵たちが街を守るかのように整然と行進し、その迫力は圧巻だった。
彼らの背後に広がる威圧は、国を護る最後の壁として人々の心に安心をもたらすはずだった。
しかし――膝関節が軋みを上げ、一体の巨兵が崩れ落ちる。
鋼鉄の肉体は地を揺らし、その瞬間から全身が急速に劣化。数秒でただの錆に変わり果てた。
そして、“それ”が現れた。
人の形を保ちながらも、黒と橙が渦巻く肌。胸に浮かぶ黄色い光核は鼓動のように脈動し、顔を覆うのは白の仮面――禍々しい神の面貌。
背からは歪んだ羅針盤のような装置が回転し、不気味な風切り音を撒き散らす。
隣のサイボーグが反応するも、遅すぎた。わずか一瞬で四割の部隊が茶色い屍と化す。
鋼鉄の死神と恐れられた兵たちは、ただの鉄屑へ堕ちた。
残兵がガトリングを回転させる。
可能性すら撃ち砕く弾丸の嵐。しかし、それを“それ”は紙一重で躱し、鋭い斬撃で胸ごと両断。
次の瞬間には周囲の巨兵ごと切り裂かれ、戦場は沈黙した。
「な……何が起きてやがる……」
「サイボーグ軍団が……っ!」
民衆は目の前の光景に凍りつき、言葉を失った。
古びた時計のような軋む音が、虚空から響く。
命の残り時間を刻むかのような不吉な音が、城下町全体を覆い尽くしていた。
――――
そして数十秒後。
麗華が城下町へ到着する。
まず目に飛び込んだのは、茶色く錆び果てた鉄の山。
「なにこれ……錆びた鉄……?」
胸に広がるのは悪寒と焦燥。広場から吹き荒れる妖気の奔流に導かれ、彼女は進む。
道を覆うのは錆の残骸――サイボーグの亡骸だった。
(まさか……いや、そんなはず……)
だが、広場に辿り着いた瞬間、願いは崩れ落ちた。
「っ……は、うそ、でしょ……?」
眼前に広がる景色は“凄惨”そのものだった。
守護の巨兵はすべて鉄屑に変わり、城下町は見る影もなく破壊され、赤黒い血に染まっている。
住人の断片とサイボーグの残骸が混じり合い、地獄絵図を形作っていた。
(生存者……ゼロ。間違いない)
唇を噛み、桜色の瞳が怒りに燃える。
次の刹那。広場の中心に妖気の奔流が舞い降りた。
麗華は反射でレイピアを抜き放ち、春風のごとく怪物の懐に飛び込む。
[桜鈴妖術 桜太刀]
桜の刃が桃色の大太刀へと変じ、怪物を袈裟に斬り裂く。確かな手応え――急所を抉った感覚。
だが、怪物は無傷で立っていた。
「傷が……! ぐっ……!」
脇腹に衝撃。太刀で受けるが、左腕は震えていた。
彼女は瞬時に状況を解析する。
(確かに斬った……でも無傷。直後に意識外からのカウンター。……再生持ち? いや、それだけじゃない!)
彼女は妖力でマジュリア全域を観測し、俺の現在地を測る。
(この速度なら――到着まで十二秒。十二秒間、無傷で持ちこたえる!)
唇を結び、春風の剣士は再び刃を構える。
咲き誇る桜のごとく、儚くも鮮烈に――怪物を迎え撃つ覚悟をその瞳に宿して。




