表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/65

怒りの神

 マジュリアの王の口から告げられたのは、この世界を統べる鬼の女帝──酒呑童子の配下のひとりの名であった。


「璃炎……炎を操る妖怪か?」


 俺が口にした問いかけに、王は重々しく頷いた。


「如何にも。奴はただ炎を操るだけではない。憤怒そのものを孕み、あらゆる“怒り”の原点を象った妖怪であり、神格だ」


 その言葉に、炎と怒りを司る存在の圧力を直感したのか、ミレの瞳が不安げに揺れ、リナとレイラの空気も張り詰めた刃のように鋭利へと変わる。


「……その璃炎という妖怪。なにか明確な特徴はあるのか?」


 俺が視線を鋭くして問うと、テスラ三世が低い声で応じた。


「特徴と呼べるものは定かでない。なぜなら、奴は形あるものではなく、怒りという抽象の概念が凝り固まり、妖怪として立ち現れた存在だからだ」


 そこで一度言葉を区切り、王は重々しい口調で続けた。


「だが……璃炎の誕生には、このような神話が伝わっている」


 そう言って語り始めたその内容は、伝承を越え、まるで天地創世の原記録のようであった。


――――


――――――――


――――――――――――――――


 今より十兆年前。

 ラグナドールは四柱の神々と、その上に立つ世界神──大御霊之命(おおみたまのみこと)によって創り出された。


 原初の神々は荒涼とした虚無の大地に息吹を与え、海を割り、山を築き、樹木を植え、人類と獣を形作った。

 やがて大御霊の命により、四柱はそれぞれの役を担うこととなる。


 一柱は「生命」を司り、一柱は「法則」を統べ、一柱は「次元」を織り、一柱は「死絶」を見守った。

 彼らは存在の意味を根底から定義し、無限に広がる可能世界の全体を繋ぎとめる支柱であり、その頂に座す大御霊之命こそが、すべての秩序を束ねる絶対神であった。


 彼らが見守る中で人類は、五兆年という歳月を経て初めて文明を築き、法を整え、自治を覚えた。

 神々は人々に自立する力をを与え、威厳をもってその歩みを見届けた。


 ──永遠に安泰が約束されるはずだった。


 だが、五千年前。

 突如として顕現した、鬼の女帝・酒呑童子が単身神々に戦を挑んだ。


 迎え撃った法則神は、ありとあらゆる摂理を統べる絶対者であった。

 だが、酒呑童子の薙刀がひと振りされた瞬間──空間に響いた閃光は、神の身体を断ち切り、その存在をあっけなく葬り去った。


 その一撃は法則神を殺すに留まらず、天上に幾重にも重なっていた無限の次元の壁を、脆き陶器のごとく粉砕した。


 死絶の神は「対象の状態を死滅で固定する権能」を振るい、生命神は「無限の生命を紡ぐ権能」で抗った。

 だが、そのいずれもが虚しかった。酒呑童子の薙刀は彼らを一息に斬り捨て、権能ごと無へと帰した。


 残されたのは世界神・大御霊之命と、次元を統べる神。

 次元神は幾億の層を重ね合わせ、酒呑童子を押し潰そうとした。だが、女帝はその全てを腕の一薙ぎで払い除け、そのまま次元神の胸を打ち抜き、彼とその神座をもろとも消し飛ばした。


 最後に立ちはだかった大御霊之命すら、女帝の手によって心臓を抉られ、首を刎ねられた。

 こうしてラグナドールを護っていた神々はすべて滅び、世界神の玉座は酒呑童子のものとなった。


 そして彼女は、その亡骸を媒体に五体の鬼神を生み出した。喜、怒、哀、楽、憎──人間の心を分け裂いた五つの権化。


 その中で死絶神の亡骸から生まれ落ちたものこそ、怒りと炎を統べる神格・璃炎。

 以来、彼は魔導国を支配し、怒りを原動とする永劫の炎を吐き続けているのだ。


――――


――――――――


――――――――――――――――


 重苦しい神話を聞き終えた時、ミレの耳がわずかに震えていた。


(今度の相手は……神様なのにゃ?)


 言葉にせずとも、胸奥にのしかかる恐怖は誰の目にも明らかだった。


「……大丈夫? ミレちゃん」


 麗華がそっと顔を向け、優しく声をかける。

 ミレははっと我に返り、慌てて尻尾を揺らした。


「だ、大丈夫なのにゃ!」


(私は主様のために命を懸けるって決めたのにゃ……! ここで怯えてちゃ、隣に立てないのにゃ!)


 マジュリアの王もその姿を見据えていた。


(恐怖を抑え込んだか……まだ幼さを残す身であろうに)


 深く息を吸い込み、ミレは真っ直ぐにテスラ王を見据えた。


「ありがとうにゃ……もう、大丈夫なのにゃ」


 その眼差しには、先ほどまでの怯えはなく、ただ揺るがぬ勇気の光が宿っていた。


「……さっきの話をまとめると、璃炎の妖術は三つってことだな」

 麗華が俺に問いかける。


「あぁ。『火炎妖術』『憤怒妖術』……そして、『死絶妖術』」


 火炎──炎を操る術。

 死絶──対象の寿命を今に引き戻す術。

 だが、問題は憤怒妖術である。


「効果は不明だが……生還した兵の証言によれば、戦闘が長引くほど璃炎の出力は増していったらしい」


 戦いながら燃え上がる炎。

 怒りと共に果てしなく膨張する力。


「……時間経過で強化されるバフ系か」


 俺が考え込む隣で、レイラが王に深々と頭を下げた。


「貴重な情報を感謝いたします」

「儂も璃炎を討ち果たしたい。その者に相応の支援を送ろう」


 こうして謁見は幕を閉じた。


 王城を出ると、夕陽に照らされた街並みが橙色に揺れていた。

 馬車に揺られながら考え込む俺の肩を、麗華が軽く叩いた。


「もちろん、私たちも戦うよ。だって、仲間なんだからさ!」

「私も尽力させていただきます、宝様」

「わたしも……もう怖くないのにゃ!」

「一緒に戦いましょう、宝様」


 四人の声が重なった瞬間、胸に熱がこみ上げた。


「……麗華、リナ、レイラさん、ミレ。あぁ、共に璃炎を討とう」


 「もちろん!」と声を揃える仲間たち。

 俺は夕陽に染まる空を仰ぎ、蒸気機関に包まれた国を見渡した。

 仲間と共に歩む未来の先に、怒りと炎の神格──璃炎との決戦が待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ