天才科学者と鬼の王
麗華に続いて工業地帯に足を踏み入れた途端、空気はざらついた金属臭を帯び、影の奥から群れを成した上妖たちが牙を剥いて飛び出してきた。
「宝様……この群れは、私にお任せください」
炎を放とうとした俺の前に、リナがすっと立ちはだかる。淡い赤みを帯びたピンク色の妖気が、まるで桜花の花弁が炎に変わったかのように彼女の体から立ち昇っていた。
「……分かった。任せる」
「ありがとうございます」
彼女が取り出したのは、歳月を積み重ねたように分厚い魔導書。開かれた瞬間、虚空に光の記号が群星のように浮かび上がる。
(やっぱり……マジックタイプか)
「エッツェン魔術学校の誇り、その片鱗を……ここで示しましょう」
凛とした声と同時に、四体の赤鬼が雄叫びを上げて跳びかかってきた。三メートルを越える巨躯、橙に光る鉤爪――その迫力はまるで山が牙を剥いて迫るかのようだ。
「赤鬼、四体ですね」
冷えた視線で敵を捉えるリナ。
その瞬間、一体が剛腕を振り下ろす。鉄槌のごとき一撃が大地を砕かんと迫るが――
リナの眼前に白銀と暗灰の記号が絡み合い、光の糸で編まれるように結ばれていく。
次の刹那、彼女の腕にプラチナ色の装甲が芽吹いた。
[構築妖術 白金装甲]
義手のような金属の拳が赤鬼の一撃を受け止め、乾いた破砕音が空気を裂いた。折れたのは鬼の骨だ。絶望の悲鳴が、工場街にこだまする。
「この義手、防御だけじゃありません」
装甲に覆われた腕が唸りを上げ、赤鬼の腹部を穿つ。爆ぜるような轟音と共に大地は二十メートルに渡って割れ砕け、鬼は粉砕された臓腑と共に地に沈んだ。
「クロムと魔改造チタン……強度をそのまま殴打力に変えたのか」
言葉が零れるより早く、残る赤鬼たちが金棒を構え突撃してきた。
「単体だけと思いましたか?」
[構築妖術 再編成]
振り下ろされた金棒が、砂の粒子へと変わり崩れ落ちる。黒鉄が一瞬で虚無へ帰すその光景は、まるで世界の設計図そのものを書き換えるようだった。
「私は元素の支配者。物の式を一筆で変えるくらい、造作もないことです」
次の瞬間、赤鬼たちの足元が崩れる。生体であっても容赦はない。肉体は砂に還り、風に散っていった。
最後の一体が絶望に背を向ける。その瞬間、リナは紫色の矢を魔導書から取り出し、凛と構えた。
[構築妖術 不破の矢]
矢は迷いなく空を裂き、逃げる背を撃ち抜いた。絶叫は一瞬、すぐに砂と共に霧散した。
(やっぱり桁違いだな……四体とも手の目以上の破壊力を持っていたはずなのに)
俺は唇が自然に吊り上がるのを感じた。リナの背中で揺れる長い三つ編みが、戦場の中で凛と光を放っている。
「宝様……私の戦い、いかがでしたか」
「あぁ……想像以上だった。孤児院の時から強いと思ってたけど、ここまでとはな」
そのとき、工場街の奥から弾けるように明るい声が響いた。
「おーい! 宝ー! リナさーん!」
柔らかな胸元と茶色の長髪を揺らしながら駆け寄ってきたのは麗華だった。陽光のように明るい笑顔が、重苦しい空気を一気に吹き払っていく。
「麗華、逃げ遅れた人は?」
「一人いたけど、避難所に送ったから大丈夫! ……でもね」
言いかけた瞬間、リナの瞳が細められる。
「最上妖が居たんだよ。……無傷で倒しちゃったけど」
最上妖――上妖百体分の力を持ち、矛盾と不可能な事象を内包する"国家"をも半壊させると伝わる怪物。
その言葉に、リナは一瞬息を飲んだ。
(汗ひとつかいていない……まるで遊びの延長みたいに)
戦慄を覚えるリナの前で、最上妖三体が姿を現す。
「最後の残党か」
俺は振り向きざま、一体を蹴り砕く。溶鉱炉ごと三十メートルの範囲が薙ぎ倒され、土煙が立ちのぼった。
――その直後。
世界が息を止めたように、すべての時間が凍りつく。
「時間停止系の妖術か……」
だが横を見ると、麗華は普通に動いていた。
(だが弱い……精度がガバガバだな。全ての可能性まで凍結させる位じゃないと不完全だ)
「どういうことだ……」
嗄れた声が土煙の奥から響く。術者の声だろう。
だが俺の胸はむしろ高鳴っていた。
「丁度いい、試したいものがあったんだ」
懐から取り出したのは、リナが渡してくれた赤い勾玉。炎のような模様が内に揺らめき、熱を放っている。
「今までの相手には必要なかったが……初めて使わせてもらうぜ」
左手に妖力を収束させ、熱が掌を灼く。
[烈炎妖術 地獄の黒炎]
紫の炎が竜となって解き放たれ、土煙ごと時止めの妖術を持つ妖怪を呑み込む。
「な……炎熱系の……!」
声はすぐに炎に掻き消された。灰が舞い、気配は途絶えた。
「……終わりか。一撃だったな」
勾玉を懐に仕舞いながら、俺は熱の余韻を胸に感じていた。
「やはり……規格外ですね」
リナの瞳に驚愕が宿る。麗華は太陽のように笑い、リナは科学者の理性で戦慄し、俺はただ――湧き上がる興奮を隠せなかった。
(俺は……どこまで行けるんだろうな)




