氷の魔道士
爆発音を耳にした瞬間、レイラさんとリナが玄関へと駆け出した。俺とミレも慌ててその背中を追う。
「この妖力……! 前に襲ってきた連中なんかより、ずっと強力にゃ……!」
額に汗を浮かべたミレが、鋭い猫目を細めながら呟く。その声音には明らかな恐怖が滲んでいた。
玄関口に辿り着いた俺たちの前に立ちはだかっていたのは、異様な妖怪だった。
袈裟を纏い、首からは数珠を垂らしている。まるで僧侶のような風体。だが両手のひらに浮かぶ血走った「目」が、その異様さを際立たせていた。
《「上妖」 手の目》
「あれは……手の目!? でも、どうしてここに……神社なんて近くにないのに」
少し遅れて追いついた麗華が、緑の瞳を揺らしながら疑問を漏らす。
「手の目って、そんなにおかしい存在なのか?」
俺が問うと、麗華は小さく頷いた。
「本来は神社の近辺に縛られる妖怪なの。盲目のお坊さんが恨みを抱いて妖怪化した存在で……だから、こんな場所に出るはずがない」
緊張が走る中、手の目の掌にある目玉がギラリと光り、そこから一筋の光線が奔った。
[『光眼妖術』 視閃]。
次の瞬間、純白のレーザーが空を裂き、すぐ傍の大木を一瞬で焼き切った。轟音と共に木が崩れ倒れる光景を見たミレが、耳を伏せて叫ぶ。
「ひっ……! 大木が真っ二つにゃ! 威力、桁違いにゃ!」
「なるほどな……確かに、前に襲ってきた連中より一段格上ってわけか」
俺が唸ると、前に出たのはレイラさんだった。
彼女は腰から細身の直剣を静かに抜き放つ。その瞬間、彼女の身体からは薄い冷気が漂い始める。
麗華が驚いたように声をあげた。
「レイラさん……? さっきまでと気配がまるで違う……」
「そういえば、まだ私の戦いをお見せしていませんでしたね」
レイラさんは氷のように透き通った刃を構え、真っ直ぐに手の目を射抜くように見据える。
「共に戦うからには、知っておいていただきましょう――これが私の力です」
言葉と同時。
彼女の姿が光の残像となって掻き消え、一瞬で手の目の懐に踏み込んでいた。
「ギ……ッ!」
反応が遅れた手の目が手のひらを上げるより早く、剣閃が走る。氷を纏った斬撃が一閃――手首から先を切り落とした。
「は、速すぎるにゃ……!」
「これが……上妖最強クラスの力……」
俺とミレは呆然と見惚れるしかなかった。
切り落とされた手の目は慌てて後退し、再生の妖術を使おうとする。だが――
「ギ……ギ……?」
いくら妖力を流し込んでも、切断面は凍りついたまま傷口すら塞がらない。
「私の斬撃は、触れたありとあらゆる全てのモノを"凍結"させます。一太刀でも受ければ……再生など不可能ですよ」
氷の刃を回転させるレイラさん。その視線は冷ややかで、まるで氷雪の女王のようだった。
「ギギギギギャァァァァァッ!」
恐怖と怒りに駆られた手の目が、両手を大きく広げる。目玉が真っ赤に充血し――周囲一帯へと災厄の視線を解き放った。
[『内食妖術』 腸食]。
レイラさんは直感で危険を察し、地面を強く踏み抜いた。足元から氷の魔法陣が広がり、瞬時に小さな氷山を形成する。
[『氷結妖術』 氷盾六花]。
照射された赤い視線が氷山を削り、周囲の大地を瞬く間に枯れ果てさせていく。俺と麗華もミレを引っ張って視線が当たらない木陰へと瞬時に身を隠した。
「にゃっ!? 地面が……水気を吸い取られて枯れ果てたにゃ!」
「なるほど、これが……手の目固有の妖術……」
麗華が息を呑み、緊張を深める。
(その視界に映るものすべての内側を食らい尽くす……まさに、視線そのものが捕食行為か)
レイラさんの脳裏に冷徹な分析が走る。
やがて照射が止むと、大地は完全に干上がり、不気味な沈黙が訪れた。
「……反撃の好機――ッ、いや違う! 危険!」
レイラさんの直感が再び警鐘を鳴らす。
[『光眼妖術』 視閃]。
次の瞬間、手の目の掌から放たれたレーザーが氷山を貫き、爆散させる。
氷の破片が雨のように降り注ぐ中――レイラさんは僅かな身のこなしで直撃だけを外していた。
「ふぅ……惜しいところですね。でも、私には通じません」
「ギギギギ……!」
手の目はなおも光を収束させようとする。しかし、レイラさんの周囲に散乱していた氷片が突如として浮かび上がった。
「こ、氷が……回転してるにゃ……!」
「あの一つ一つから、ワロドン以上の妖力を感じる……!」
ミレと俺の声が震える。
氷塊は彼女を中心に軌道を描きながら高速で公転し、その形を鋭利なツララへと変貌させていった。
「いきます――」
[『氷結妖術』 氷柱雨]。
十数本の巨大な氷槍が一斉に手の目へと飛翔する。
同時に、手の目も両手を胸の前で合わせ、中央から赤い光を奔流のように解き放った。
[『光眼妖術』 赤視奥]。
無数に分岐する赤色レーザーが氷柱を正確に撃ち落とす。だがその一撃がレイラさんの脇腹を掠め、鮮血が滲む。
「レイラさん!」
俺の叫びに、彼女は苦笑すら浮かべた。
「やるものですね……ですが――それだけ、です」
傷をものともせず、氷の剣に冷気を纏わせ突進する。
「遠距離からの連射だけに頼るとは……稚拙すぎますね」
[『氷結妖術』 冷刃]。
白い刃が軋む音を立てて走り、氷結の一閃が手の目の背を斬り裂いた。
背骨ごと凍り付いた妖怪は、断末魔をあげる間もなく仰向けに崩れ落ち、その身を霧散させた。
「ふぅ……」
静かに息を整え、剣を収める。振り返ったレイラさんは、俺たちに穏やかな笑みを見せた。
「これが、私の戦いです。――ご満足いただけましたか?」
慈愛を湛えながらも、確かな強者の気配を纏ったその姿に、俺はこの世界に来て初めて……この世界の人物に対して強い興奮を覚えた。




