ラグナドール
リナは、俺が覇気を込めて向けた視線を、まったく動じることなく真正面から受け止めていた。
瞳に揺らぎはない。威圧もなく、だが確かな自信だけがそこにある。
(……間違いない。この女は強い)
短い沈黙ののち、リナは太ももの前で両手を揃え、静かに、深く頭を下げた。
「改めて名乗らせてください。
マジュリア工業地帯・科学部門責任者――兒堂リナと申します」
ただの研究者ではない。
そう確信させる所作だった。
「俺は宝。こっちは仲間のミレだ」
「よろしくお願いしますにゃ!……あ」
元気よく頭を下げたミレは、自分の語尾に気づいた瞬間、はっとして顔をこわばらせる。
獣人への迫害が根深いこの国で、冷たい反応を想像したのだろう。
だが、リナの表情は柔らかかった。
「安心して。私は獣人迫害の思想を持っていません」
「ここでは、あなたを理由なく排斥することはありませんよ」
その言葉に、ミレは一気に緊張を解き、しっぽをぴんと立ててリナに抱きついた。
「よかったにゃ……!」
リナは少し驚きながらも、困ったように微笑み、続ける。
「ところで……あなたたちが、私を探してここまで来た理由を聞かせてくれるかしら?」 「今後、どうするつもりなの?」
「俺たちは、この世界から元の世界へ帰らなきゃならない」
「そのために、まずは情報を集めている」
その時、机の上に並ぶフラスコや試験管の中で、一枚の紙が目に入った。
古びた表紙に書かれた文字。
『異世界研究報告書 S04』
「これ……異世界のレポートか?」
「この世界のことが書いてあるんじゃない?」
「いや……これは、この世界そのものの番号だろ」
リナが小さく頷く。
「その通り。S04は、この世界の管理番号。
簡単に言えば、無数に存在する“世界群”の中での識別番号よ」
隣に置かれた日時計に、俺は視線を移す。
世界間跳躍に用いられる、極めて危険な代物だ。
麗華が顎に手を当て、記憶を辿る。
「宝と一緒に歩いてたら、突然、光の渦に吸い込まれて……」
「気づいたら、マジュリア王城の裏で倒れてた」
その言葉に、リナの目が鋭く光った。
「その“光の渦”……日時計と、この世界を支配する女帝の妖術が関係している可能性が高いわ」
「妖術……この世界の異能力のことだよね?」
「それが、私たちが飛ばされた原因なの?」
リナは引き出しから宝玉を取り出し、机に置いた。
「説明する前に確認したいわ。
あなたたちは、妖術についてどこまで理解している?」
麗華が少し考え、口を開く。
「妖怪に対する恐怖や畏怖が、妖力の発生源……だったよね」
「正解よ」
リナはチョークを手に取り、黒板に五芒星を描いた。
先端には『火』『水』『土』『木』『金』の文字。
「妖力は妖術の源。妖怪はそれぞれ固有の妖術を持つ」
「それを勾玉に封じ、人間が扱いやすく調整したのが“五行妖術”」
「俺たちが戦った妖怪も、ほとんどそれを使っていたな」
「ええ。でも――」
リナは言葉を切る。
「一定以上の実力者は、五行に属さない“固有妖術”を使う」
「女帝も、その一人よ」
空気が、重く沈んだ。
「つまり……」
「女帝の妖術が、私たちの世界にまで影響を及ぼしたってこと?」
「そう」
「そして問題は、それだけじゃない」
リナの声が低くなる。
「この影響は、他の世界にも及ぶ可能性がある」
「最悪の場合、不法な異世界渡航――世界間侵略が連鎖的に発生する」
背筋に冷たいものが走る。
「世界群の均衡が崩れれば、大量の世界崩壊が起こる」
「あなたたちの故郷も……無事では済まないわ」
麗華は口元を押さえ、ミレは涙を浮かべて俺の服を掴む。
「主様……どうするにゃ……?」
答えは、もう決まっていた。
「女帝を倒す」
「それ以外に、道はない」
リナは静かに頷いた。
「この事実を知っているのは、一部の上位実力者だけ」
「私たちも、それを防ぐために動いているわ」
そして、一枚の写真を差し出す。
白い壁に茶色の屋根。
庭には、人魂のように淡く光る花。
どこか“学校”を思わせる建物。
「あなたたちを、私の友人のもとへ案内したい」
「この事態を止めるために、最前線で動いている人物よ」
物語は、静かに――
だが確実に、次の局面へと踏み込んでいった。




