幼なじみとの再会
俺たちはマジュリアの関所を抜け、風車が林立する石畳の街道を進んでいた。
灰色の雲の隙間から差す光が、硝子瓶や金属の器具を並べた露店を照らしてきらめく。
化学薬品の匂い、蒸留器の管から立ち上る湯気、油の焼けるような甘い香り。ここが“科学国家”と呼ばれる所以が、一歩歩くごとに肌で伝わってくる。
「……すごいね。どの店にも瓶とか、機械とか置いてある」
「科学と錬金の国だからな。見た目以上に、ここは“人間中心”の理論で成り立ってる」
俺はローブのフードを深く被ったミレの手を軽く引き、雑踏の中を進む。彼女の猫耳と尻尾は布の奥に隠れている。
この国では、獣人は“非科学的存在”として差別される。見つかれば即刻拘束――そんな話も珍しくない。
「……にゃ、じゃなくて、うん。気をつけるね」
ミレは語尾を堪えて言い直す。少しぎこちないが、その努力がいじらしくて思わず笑みがこぼれた。
「この先にギルドがある。屋根に巨大なフラスコが掲げてあるらしい」
「ほんとに、フラスコ……?」
「科学国家らしいだろ?」
パイプが縦横無尽に張り巡らされた路地を抜けると、空が開けた。
人工都市の中にぽっかりと空いた緑地。苔むした巨木の枝に鳥たちが羽を休め、風車の羽根がきらきらと回っている。
その中心に、赤い台形屋根と木の壁を持つ大きな建物――「マジュリア冒険者ギルド」が建っていた。
「……この国にも、こういう場所があるんだな」
「鳥、きれい……」
ミレがじっと見つめた途端、枝の鳥たちが一斉に羽ばたいた。
狩猟本能の名残か――彼女の瞳孔が細くなっていた。
「あ……逃げちゃった……」
「そりゃ猫の目で見つめたら逃げるさ」
軽く笑っていると、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「アンタたち、うちのギルドに用かい?」
現れたのは五十代ほどの女性。オレンジ髪を二つに束ね、つり上がった目は鋭くも温かい。腰にはポシェットが四つ、道具屋のように並んでいる。
「人を探しに来た」
「人探しかい? なら中に入りな」
促され、俺たちは中へと入る。
――――
――――――――
――――マジュリア・ギルド――――
ギルド内は、まさしく“科学の砦”だった。
発電機の低い唸り、蓄音機から流れる無機質な旋律、壁際には冷蔵庫や試験管ラック。受付には五台の電話が並び、銅線が天井を這っている。
(明治の科学技術が百年早く進んだ世界……そんな印象だな)
「自己紹介がまだだったね。あたしはマグラ。マジュリアギルドのマスターをやってる」
落ち着いた低音。
その声に、ただのギルドマスターではない“戦場を渡ってきた人間”の風格を感じた。
「鬼燈 宝、ネオバースから来た異能力者だ」
「琴爪 ミレです。よろしくお願いします」
「で、誰を探してるんだい?」
俺は懐から古びた写真を取り出し、机の上に置いた。
そこには茶色い長髪と緑の瞳の少女――桜姫麗華の笑顔が写っている。
「俺の幼馴染だ。桜姫 麗華。ここに出入りしてると聞いた」
マグラは写真を一瞥し、唇を吊り上げた。
「ああ、この子なら知ってるよ。今、上妖三体の討伐任務に出てるけど、そろそろ戻る頃だ」
その言葉を聞いた直後だった。
――ガチャリ、と扉が開く音。
「マグラさん、ただいま! 任務終わらせてきたよ!」
風が流れ込み、陽光に髪が揺れた。
そこに立っていたのは、写真の中と変わらぬ麗華。腰まで伸びた茶色の髪、翠玉の瞳、そしてどこか勝ち気な微笑。そして、豊満に膨らんだ胸元。
「……って、宝!? 本当に宝なの!?」
次の瞬間、麗華は駆け出していた。
まるで過去と今を繋ぐかのように、俺の胸へと一直線に。
「今まで、どこ行ってたのよ!」
「ホップタウン周辺に飛ばされてた。妖怪と戦いながら、ようやく辿り着いた」
息を弾ませた彼女の頬には、戦いの跡と微かな煤。
俺の知らない時間が、そこに刻まれていた。
マグラが机の上に新聞を広げる。
「号外:ホップタウン、上妖四体の襲撃を退ける」の見出し。
「……これ、宝たちのことだったんだね」
麗華は呆れと驚きの入り混じった表情で笑い、俺の隣の少女に視線を移した。
「その子は?」
「あぁ。ホップタウンで出会った冒険者だ。俺と一緒に戦ってくれた」
「あなたが……号外に載ってた、琴爪ミレちゃん?」
「……うん」
ミレは小さく答え、俯いた。
この国では獣人というだけで迫害対象。怖いのも無理はない。
「大丈夫だ、ミレ。麗華は迫害なんてしない」
「……本当?」
「ああ、保証する」
その言葉に、ミレの肩が僅かに緩む。
そして勇気を振り絞るように一歩前へ出た。
「わ、私は琴爪 ミレにゃ。よろしくお願いしますにゃ……!」
その瞬間、麗華の目が輝いた。
「猫ちゃん!? かわいいっ!」
「にゃっ!? え、えぇ……?」
ぽかんとするミレ。
しかし、麗華の笑顔はまるで太陽のように暖かかった。
「私は桜姫麗華。宝の幼馴染だよ、よろしくね!」
ウインクと共に差し出された手を、ミレはおずおずと握り返す。
「……よろしく、にゃ」
静かな握手のあと、三人の間にようやく穏やかな空気が流れた。
異能と科学、そして差別に縛られた世界の中で――ほんの一瞬、確かな温もりがそこにあった。
俺は二人を見渡しながら、小さく息を吐いた。
(これでようやく、次の段階に進める……)
窓の外、マジュリアの風車が回る。
その音はまるで、再会と新たな物語の始まりを告げる鐘のように響いていた。




