古びた線路
柳一たちと別れた俺とミレは、地面に埋め込まれた錆びかけの線路をたどって歩いていた。
空は鈍色に沈み、風は冷たい土の匂いを孕んでいる。
「この木の道、ボロボロにゃ」
「使われなくなって十数年ってところか」
枕木は朽ち、靴裏に踏みしめるたびに乾いた音を立てる。だがレールだけは不思議なほどに輝いていた。
その表面から淡く立ち上る妖気が、ただの鉄ではないことを告げている。
「これもマジュリアの発明のひとつかもしれんな」
「近くの妖気、ホップタウンの平原よりずっと濃いのにゃ」
ミレが金色の瞳を細めて、風の流れを読むように首を傾げた。
彼女にはすでに、マジュリア入国に備え、耳も尻尾もすっぽり隠れるフード付きのローブを着せてある。
黒布の下で動く影が、かえって彼女のしなやかさを際立たせていた。
(……中妖が数体、いや、もっとか)
周囲の妖力反応は確かに高い。だがそのほとんどが雑兵クラス。恐れるに足らない。
「妖怪が出てきたら、私もやるのにゃ」
その言葉に、かすかな誇らしさが混じる。ホップタウンでの戦いが、彼女を確実に変えた。
次の瞬間、金属音のような鳴き声が響いた。
線路脇の切り替えレバーの影から、獣のような影が飛び出す。
「ギュギュギュ!」
《『中妖』 ムジナ》
腹の突き出た半裸の小妖。だが目だけは血走っていた。
俺が反射的に炎を呼び出そうとした瞬間、ミレが一歩前に出る。
「私がやるのにゃ」
短刀を抜く音が、冷たい空気を裂く。
月光を反射した刃が、白銀の流星のように走った。
「わかった、だが無理はするなよ?」
「はいにゃ!」
ムジナが突進する。三本指の爪を振り上げ、獣のように叫ぶ。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
「そんな攻撃、当たらないのにゃ!」
ミレの体が一瞬、風に溶けた。
そして、閃光。
短刀が二度、三度、空を裂き、ムジナの両腕が煙のように消し飛ぶ。
「ぎぎぇ!」
悲鳴。続けざまに、腹から胸を駆け上がる三閃。
刃が描いた残光が、赤い軌跡を夜気に散らした。
「ぎぎぃ……」
ムジナは崩れ落ち、霧散。
代わりに落ちたのは300銭と、鋭い爪を持つ指一本。
「どうだったにゃ?」
振り返ったミレの頬には、戦いの熱がまだ残っていた。
瞳が、宝石のように輝いている。
「動きの無駄がない。流れるように繋がっていた。完璧だ」
「ありがとうにゃ! ご主人!」
ミレは嬉しそうに飛び跳ねる。
その瞬間、風を切る音がした。
「にゃ!?」
草むらから、同じ姿のムジナが八体、雪崩れ込むように飛び出してきた。
「びっくりしたにゃ!」
だがミレの反応は早い。
その小柄な身体が一転、風そのものになる。
八方向からの奇襲を、紙一重で全て躱してみせた。
(完全に見切ってる……!)
ミレは短刀を両手に持ち替え、跳躍する。
「もう、あの時の私じゃないのにゃ!」
彼女の瞳が紅く光る。空気が一瞬、張り詰めた。
[『猫又妖術』 化け爪]
空が裂けた。
見えない爪痕が天から降り注ぎ、ムジナの群れの半数が一瞬で両断される。
紅い軌跡が地面を焼き、血煙が散った。
「にゃあ!」
残りの四体へ、ミレが駆ける。
疾風。
砂を巻き上げ、三体が一呼吸のうちに切り捨てられた。
「ぎぎぃぃ!」
最後の一体が恐怖に駆られ、背を向けて逃げ出す。
「あっ、待つのにゃ!」
「ミレ、追わなくていい」
俺の声に、ミレは振り向く。
短刀を下ろし、息を整えた。
「いいのにゃ?」
「ああ。あれは巣へ帰る。無理に追えば囲まれるだけだ」
ミレは納得したように頷き、短刀を鞘に納めた。
風が吹き抜け、ローブの裾を揺らす。
「マジュリアまでもう少しだ。耳としっぽ、見せないようにな」
「分かったのにゃ!」
ミレはローブのフードを深くかぶり、再び俺の背に続いた。
線路はやがて途切れ、白いレンガ造りの門が見えてきた。
夕陽を受けたその門は、静謐な威圧感を放っている。
「あれがマジュリアの関所か」
「なんだか、すごい頑丈そうだにゃ」
白い軍服を着た門番が無言で立っていた。
俺は掲げられた看板に目をやる。
(人間150銭、獣人500銭……三倍以上か)
「入りたくば、通行料を払うがいい」
声は冷ややかで、鉄のように硬い。
俺は懐から650銭を差し出した。
「……確かに受け取った。入るがいい」
無機質な声。門がゆっくりと開く。
ミレは小さく頭を下げ、俺の背中に寄り添う。
白い街並みの先には、煙突群と鋼鉄の塔。
科学国家マジュリア――麗華がいるという都市。
「さて、まずは冒険者ギルドだな」
「う、うん……そうだね」
ミレの語尾がほんの少し震える。
それでも、その横顔は誇り高く、凛としていた。
俺は歩きながら、ふと視線を逸らす。
夕陽に照らされたローブの裾から、わずかに覗く尻尾の影。
それを隠すように、俺は無言でミレの隣に並んだ。
新たな戦いの地。
だが今のミレなら、もう恐れるものはない。
あの柔らかな笑顔と、鋭く燃える瞳が――確かに、そのことを証明していた。に向かった




