襲来軍大将
共に敵陣深くまで攻め込んだ柳一に、地中を喰い破る芋虫型の上妖――ノヅチを任せた俺は、そのまま襲撃軍の本陣中枢へと単身で踏み込んでいた。
地面は砕かれ、空は妖気で濁り、戦場全体が巨大な生物の腹の中のように脈動している。
その只中で――
数で押し潰す意思そのもののように、無数の中妖が雪崩を打って襲いかかってきた。
五十体どころではない。
百、二百――数える意味すら失せるほどの密度。
獣型、甲殻型、異形の腕を持つもの、妖術を詠唱する者。
地を埋め尽くす影が、俺一人を喰い殺すためにうねる。
「アイツを落とせば名が上がるぞ!」
「今なら数で押し切れる!」
――歓声に似た狂気。
だが。
「……愚かだ」
俺は歩みを止めない。
両腕を振り下ろした瞬間、妖力の炎が地表を薙ぎ払った。
爆発ではない。焼却だ。
炎は地を這い、空を焦がし、妖怪の群れを一瞬で“存在ごと”消し去る。
悲鳴が上がる前に、音そのものが焼き切れた。
「俺の進路を――遮るな」
直後、関所を守る主力級――五メートルを超える巨体の巨人妖怪が、地鳴りと共に立ちはだかる。
拳を叩き込む。
衝撃波が半径数百メートルを吹き飛ばし、大地が裂け、巨体は空へと投げ出され、視界の彼方へ消えた。
「……ば、化け物……」
「大坊主が……一撃……?」
絶望が、敵陣に伝播していく。
それでも退かぬ者たち――
近衛部隊と見られる四体の上妖が、陣形を組み、同時に妖術を展開する。
結界、拘束、迎撃――
本来なら一個師団を止める布陣。
だが俺は、残存妖力を一点に凝縮し、解き放った。
炎は“術”を喰らい、上妖ごと飲み込み、跡形すら残さず蒸発させた。
そして――
戦場の中心。
全軍を統べる“核”。
藍色の肌、赤い双眸、山伏装束。
水球を纏う錫杖を手に、動じることなく立つ一体。
《『上妖』皅良》
その妖気は、この襲撃における最高位。
周囲の空間が、重圧で歪んでいる。
「……ここまで来るとはね」
「名を聞こう。何者だ」
「鬼燈 宝。――お前を終わらせる男だ」
皅良は小さく息を吐き、錫杖を掲げた。
水球が膨張し、戦場全体を覆う海そのものへと変貌する。
[『海流妖術』奈落の手]
数百の水の腕。
空、地、背後――逃げ場は存在しない。
「海に呑まれて死ぬ。抵抗する余地はないよ」
――圧殺。
だが。
俺は、軽く腕を振った。
風圧のみで、海が霧散する。
皅良の瞳が、初めて揺らいだ。
(……ありえない。この奥義は――国家を沈めた術……)
「遅い」
気づいた時には、俺はもう懐にいた。
「せめて――耐えてみろ」
炎を纏った拳が、腹部を貫く。
衝撃で平原が吹き飛び、森が消失し、地形そのものが書き換わる。
「――がはっ……!」
皅良は大木ごと叩きつけられ、血を吐き、崩れ落ちた。
『……大将撃破』
戦場の妖気が、一斉に霧散する。
その瞬間、敵軍全体に走る――敗北の理解。
俺は踵を返し、関所へ向かう。
――――
――――関所――――
戻った先には、上妖を打ち倒した柳一たちの姿。
「ご主人! 勝ったのにゃ!」 「苦戦しましたが……なんとか」
満身創痍、それでも確かな勝利。
「よくやった。全員、生きている。それで十分だ」
歓声が上がり、関所は一時、戦場とは思えぬ熱気に包まれた。
――絶望からの逆転。
それが、この戦の結末だった。




