柳一、出陣
岩場近くでの戦いは、互いに命を削り合う凄惨な激闘の末、ミレと玲が文字通り紙一重で勝利をもぎ取った。
岩肌には無数の裂痕が走り、焦げ跡と血痕が入り混じり、ここが戦場であったことを雄弁に物語っている。
一方、関所正面口では、警察隊支部隊長・田所が率いる部隊が、増援として雪崩れ込んできた妖怪群と正面衝突していた。
怒号、妖術の爆音、崩れ落ちる石壁。
防衛線は保たれているが、いつ突破されてもおかしくない、張り詰めた均衡状態だ。
――それでも、全体として見れば戦況は防衛陣営が優位だった。
野助と壬生郎が巨大化妖怪・ワロドンを押さえ込み、
ミレと玲が超音波の妖怪・山童を討ち取ったことで、敵の主力は確実に削れている。
「戦況はこちらが優勢。今のうちに残りの主客を叩くでござる、宝」
柳一が低く、しかし確信に満ちた声で告げる。
「了解だ。この流れ、逃す手はない」
俺も即座に応じ、胸の奥で闘志を燃やした。
ここで畳みかければ、このポップタウン防衛戦は勝ちで終わる。
俺と柳一は、行く手を阻む増援――中妖クラスの妖怪群のど真ん中へと踏み込んだ。
「止めろ、グゲェ!!」
「なんだ、この太刀筋……ガバァ……!」
断末魔が連なり、妖怪の群れが文字通り“裂けていく”。
「俺の行く手を阻む者に待つのは、両断の末路のみでござる」
柳一の声が鋭く響く。
並走するこの男は、ポップタウンでも数えるほどしか存在しない《上妖》の称号を許された冒険者だ。
寄せ集めの増援部隊など、柳一の前では紙切れ同然。
すれ違いざまに切り捨て、切り捨て、奥へ――さらに奥へ。
その時だった。
「宝! 思い切り上へ飛べ! 説明は後だ!」
「了解!」
反射的に地面を蹴った瞬間――
轟音と共に、地面が“喰われた”。
巨大な芋虫のような妖怪が地表を突き破り、土砂と瓦礫を撒き散らしながら姿を現す。
《『上妖』 ノヅチ》
「……出たでござるな。三体目の上妖」
柳一の瞳が、戦士のそれに変わる。
地面に着地した俺の視界の下、柳一は刀を正眼に構え、ノヅチと真正面から睨み合っていた。
「ボォォォォォ!!」
ノヅチが咆哮を上げる。
その体側面に穿たれた無数の穴から、一瞬、嫌な反射光が漏れた。
[『地食妖術』地食い虫]
次の瞬間、十数体の細長いワーム状妖怪が弾けるように飛び出し、周囲一帯を蹂躙する。
「その程度で、この柳一を取れると思うな」
[『柳葉剣術』柳太刀]
刀身が柳の葉のような緑光を帯び、迫るワームを次々と両断する。
だが――数が多い。
しかも、地面そのものが蠢き、常に新たな敵が生まれてくる。
「ここは任せたぞ、柳一」
「承知!」
一瞬の視線交換。
俺はノヅチを飛び越え、妖怪群の奥に漂う、さらに強大な気配へと走り込む。
――この場で柳一が倒れれば、前線は瓦解する。
だが、彼なら耐え切る。
そう信じて。
――――ノヅチ戦――――
宝の背中を見送りながら、柳一は改めて状況を把握する。
(妖術は捕食と複製……地形そのものを武器にする厄介な相手だ)
地面から湧き上がる複製体。
正面の弾幕は囮。
本命は――
「チッ……!」
背後から突き出した牙が脇腹を抉る。
「ぐっ……!」
血が溢れ、膝が地に着く。
視界が揺らぎ、戦場の音が遠のいていく。
(……ここまでか)
大口を開け、迫るノヅチ。
この場で倒れれば、防衛戦は一気に崩れる。
――その瞬間。
「そんなにあっさり諦めてんじゃねぇ」
白い世界で、一真の声が響いた。
「勝負は、まだ着いてねぇだろ?」
その言葉が、柳一の意識を引き戻す。
「……そうだな」
刀を握る手に、再び力が宿る。
「俺を、今までと同じと思うな」
[『柳刀妖術』柳風斬華]
音速を超える居合が、ノヅチの巨体を上下に両断した。
轟音。
崩れ落ちる土砂。
戦場を支配していた圧が、霧散する。
「感謝するぞ……一真」
柳一は脇腹を押さえながら座り込み、
残る最高戦力討伐を、俺に託した。




