猫又
倒れ伏していたミレの身体が、山童の放った超音波に叩き上げられた。
空気ごと吹き飛ばされ、背中から巨木に激突する。
「ぐっ……!」
鈍い音。内臓が潰される感触。
視界が白く弾け、次の瞬間には地面へと叩き落とされた。
「不味い、意識が……」
遠くで、玲の声がかすれる。
それが現実なのか幻なのか、判別がつかない。
「っ……ぅ……! ゲホッ!」
ミレは反射的に息を吐き、血を吐いた。
喉の奥から溢れた鉄の味が、死の近さをはっきりと告げてくる。
「……玲、さん……無事……にゃ……?」
答えはない。
代わりに響いたのは、獣じみた嘲笑だった。
「ゲキキ!」
ミレは確認するように顔を上げる。
大岩の前――そこに、最悪の光景があった。
「ぐっ……離せ……!」
「グキキ!」
玲の喉を、山童の巨大な手が掴み上げている。
宙に浮いた足が虚しく震え、抵抗の力はすでに削がれていた。
「なっ……玲さ……ゴホッ!」
叫ぼうとして、また血を吐く。
全身が悲鳴を上げる。それでも、ミレは立ち上がった。
「逃げ……ろ……ミレ……」
玲の声は、糸のように細い。
その声が切れた瞬間、何かがミレの中で壊れた。
「玲さん!」
(嫌だにゃ! もう二度と……目の前で誰も失うのはごめんだにゃ!!)
理性よりも先に身体が動く。
ダガーナイフを抜き、一瞬で距離を詰め――背中を裂いた。
「この! 玲さんから離れるのにゃ!」
「ギギャァァァァ!!」
悲鳴が、音そのものになって爆ぜる。
衝撃波が直撃し、ミレは再び吹き飛ばされた。
「がっ……!」
地面を転がりながらも、視線だけは離さない。
「早く……応援を……」
「ゲキキ!」
山童は笑いながら腹を膨らませる。
空気が震え、周囲の瓦礫が浮き上がる。
(また……あの大技……)
心臓が跳ねる。
見るだけで分かる――次は耐えられない。
玲の唇が震え、絶望が滲んだ。
――その瞬間だった。
「やめるのにゃ!」
叫びと同時に、ミレの足元から紫の妖気が噴き上がる。
大地が軋み、空気が引き裂かれた。
「ゲキ!?」
山童が、はっきりと怯んだ。
ミレの脚が変わる。
しなやかさと獰猛さを併せ持つ、化け猫の脚へと。
「なっ……そのスピードは……」
玲の驚愕の声が、背後に置き去りになる。
――音が、追いつかない。
山童が口を開く前に、ミレはそこにいた。
玲を蹴り飛ばす手を弾き、抱き寄せ、同時に距離を取る。
「これは……私の、一番理想的な妖術なのにゃ……」
山童が怒りに歪み、最大出力の構えを取る。
「それはもう、撃たせないのにゃ!」
[『猫又妖術』猫速]
一歩。
それだけで、世界が置き去りになる。
五撃。刹那。
超音波が発生する前に、全身が裂けた。
「ギギャァァァァ!」
放たれた衝撃波は、虚空を撃つ。
「今のあなたには、私は捉えられないのにゃ」
最後の一閃。
[『猫又妖術』化け爪]
紫の軌跡が走り、山童は縦に割れて霧散した。
「はぁ……はぁ……」
妖気が消え、脚が元に戻る。
「助けてくれて……ありがとう」
玲の声に、ミレは強く抱き返した。
――こうして戦況は、完全に裏返った。
二体目の上妖、撃破。
次は、最前線。
俺と柳一が、戦場の頂点とぶつかる番だ。




