異世界転移
目を覚ました瞬間、俺は見覚えのない草原に佇んでいた。柔らかな風が頬を撫でる。
しかし、空気の底に漂う気配は、俺が“鬼の皇帝”だった頃に日常として感じていた妖怪たちの気配によく似ている。
「……異世界か? ゲートを通らずに転移なんて、前代未聞だぞ」
俺たちの世界は全異世界の集結点であり、管理者でもある。外側から干渉できるはずがない。にもかかわらず、俺はここにいる。しかもスマホの向こうにいるはずの管理局にも繋がらない。
「東京本部を超える権限層……そんな世界が存在したのか」
状況を整理するため、俺は転移前の出来事を思い返した。
◇
俺は鬼燈 宝。夏時高校の二年であり、殺し屋組織・星空隊に所属する戦闘者だ。
「あっつ〜い……宝、私がじゃんけん勝ったらアイス奢って〜?」
横で脳天気な声を上げるのは、桜姫 麗華。高校三大美女の一人に数えられる同級生で、幼馴染にして星空隊最高戦力の一角だ。
「金あるんだから自分で買えよ」
「ん〜、いいじゃん、ね?――あれ?」
人身売買壊滅任務を終え、渋谷の本部まであと数分という時だった。俺たちは、街中にぽっかりと浮かぶ“白い光の渦”を見つけた。
「あれ……光のトンネル?」
「ワープホールか?」
白く揺らめく渦は、周囲の空間をねじ曲げながら浮遊している。不気味だが、目を離せないほど美しくもあった。
「ブラックホールに似てるね……あっ!」
麗華が近づいた瞬間、渦は凄まじい吸引力を発生させた。車も街路樹もゴミ箱も、すべてを音を立てて吸い込んでいく。
「きゃっ!? なにこれ!」
「ブラックホールそのものだな……!」
抵抗する暇もなく、俺と麗華の身体は光の奔流に呑み込まれた。
◇
そして今、俺はこの平原にいる。
「……本当に、どこなんだ?」
平原は芝が揺れ、所々に岩や木々があるだけ。だが、この静けさの裏で十数体の生命反応――妖気のようなものを感じた。
「雑魚ばかりだな。だが異界から干渉してきた世界……格は高いはずだ」
探索を続けていると、青い体毛を持つイノシシのような魔獣が姿を現した。
〔「下妖」|小猪〕
「こいつが気配の正体か」
「ブォォォ!!」
イノシシは地面を砕きながら突進してきた。しかしその突進は、俺の足に触れた瞬間、ただの“衝突”に終わる。痛みすら存在しない。
逆にイノシシが転げ回り、悶絶していた。
「都市破壊レベルじゃ俺には届かん」
手に生み出した大剣を振り下ろすと、大地が割れ、魔獣ごと裂け落ちる。
「……力加減を間違えたか」
指を鳴らすと亀裂は元通りに閉じる。直後、手元に戦利品の袋が現れた。
〔銭:260、☆1『小さな牙』×4〕
「戦利品か。分かりやすい世界だな」
牙をしまい歩き出すと、次は鈍色の巨躯――三メートル級のオオカミが姿を現した。
〔「中級」|貪食狼〕
「グルルゥゥ……」
「さっきよりは格上か」
鉤爪が振り下ろされる。しかし俺は人差し指で止める。
「まだまだ、下の下だ」
軽く押すだけで、狼は地面を転がり数十メートル吹き飛ぶ。土煙の中へ踏み込み、拳を構えた。
「攻撃ってのはな――こうだ」
右ストレートが顔面を砕き、魔獣は白い煙のように消えた。
〔銭:400、☆3『貪食狼の牙』×1〕
「この平原ではこいつが最強か。退屈だな」
牙を収納し、さらに進むと――魔力の濃い森が見えてきた。
〔中級妖域『風精霊の森林』〕
蔦が絡みつき、風が渦巻くような気配を放つ。確かに等級は上だ。
「ようやくまともな相手が出てきそうだな」
俺は愉快さを隠し切れないまま、その樹海へと足を踏み入れた。




