第97話:ラビ君目覚める
三歳児幸太郎君の攻撃! いまひとつのようだ。
おはようございます。ラビです。何やら寝ている間に色々あった気がします。とてもぐっすり眠れました。
目が覚めると優しそうな黒髪のおばさんというのもはばかられそうな年齢不詳のお姉さんが優しく微笑んでくれました。えっ? マリエさん? 勝負にならないと思うよ。せめてあと二十年は必要でしょ。
「お目覚めね。おはよう寝坊助さん」
鼻の頭をちょんとされた。うわー、なんだろうこの甘ったるい感じ。心が和むなあ。
「あなた、ラビ君が起きましたよ」
誰かに声を掛ける。あなた、というのは結婚してる男女の間で女性が男性にかけることが多い言葉のはず。単なる第二人称の呼び名でもあるけど。でもこの声色だと前者だろう。結婚しているのか。
「おお、目覚めたでござるか!」
入って来たのはモンドさんだった。ってええっ! この人、モンドさんのお嫁さんなの!?
「ちょっとモンドさん、いきなり行っても……あ、ラビ君!」
「おお、おお、ちゃんと回復したんやなあ。痛いとこないかや?」
マリエさんと篝火さんも来たみたいだ。そして最後にとてとてと入ってくる小さい男の子はだあれ?
「だぁ!」
べちん!とぼくの顔に小さなもみじが振り下ろされる。痛っ、くは無いけど、なんというかびっくりするよね。
「だぁだぁだぁ!」
ペチンペチンペチン。いやいや待って待って、お願いだから一旦止めてー!
「幸太郎、よさないか」
「あい!」
どうやらモンドさんが抱えあげて止めてくれたらしい。この子は幸太郎というのか。流れ的にはモンドさんの子ども……って事はこの人子ども産んでんの? うわぁー。
『篝火さん。この中でぼくの言葉分かるの篝火さんだけだと思うから通訳お願いします』
『別にええけど向こうの言葉は分かるんやろ?』
『はい、人間の言葉は勉強したので』
グレンと旅してる時にあれは誰だったかな、エリンだったか、覚えとけって言われたから覚えたんだよね。あの頃のぼくの脳細胞は活性化してたからスラスラ覚えたよ。
『ええと、ぼくが気絶してから何があったんでしょうか』
『気絶したんはいつなん?』
『ええと、みんなやられて絶体絶命な辺りですね』
『……さよか』
そう、目が覚めたら重症厨二病患者も鎧もサルも居なかったんだもん。
「とりあえず説明したりまひょ。あんなあ、あいつら全部、あんたが倒してんで」
は? ま、またまたー、篝火さんも冗談言うんですね。ぼくみたいな非力なホーンラビットが倒せるわけないじゃないですか。
「あんたは非力でもなんでもない。モンスターやったわ。正直、目ェ覚めた時に襲いかかってこられたらどうしょうかって言うとったわ」
モンドさんもウンウンと頷いている。よく見るとクロさんもウンウンと……こっちはこっくりこっくりかな?
「そしたらそこの姐さん、モンドの奥方がの、邪な気は感じないから大丈夫って言いよったんや。せやからこんなに放置されとったんよ」
モンドさんの奥さんを見るとうふふと微笑んでいる。底が知れない人だ。
「それでどないなん? 自分で分かるんか?」
『いや、全然。なんでああなったのかも分からない。ぼくは、なんなんだろう』
「アルミラージ、そう名乗っとったで」
アルミラージ。ぼくらホーンラビットの間でまことしやかに語られている伝説の獣。元々種類が違うんだとか、進化をしたらそうなるんだとかあったと思う。進化の仕方のひとつは肉を食らうだったと思う。そういえばかなり食べてたな。
『ぼくが、アルミラージ?』
「信じられんかもしらんがそう名乗っとったわ」
おかしいな、と思うことは何度もあった。口の中が肉の味がしたりとかたまに血の匂いとかしたりとか。でもぼくは別にアルミラージとして居たい訳じゃない。というかアルミラージだというなら故郷の森にも帰れない。
『ぼくは、一体どうしたら……』
「私と、一緒に来ませんか、ラビ君?」
マリエさんがぼくに手を差し伸べてくれた。ぼくが迷ってるのなんて分からないハズなのに。
手を取りたい。でも、ぼくの相棒はグレンだけだ。浮気は良くないんだ。
「テイムさせて、なんて言わないよ。一緒に行こうよ。ね?」
テイムされなくてもいいの? でも、それってなんか卑怯な気がするんだけど。
「わっちらはこれから江戸を抜けて大阪の街に行く。そこまでは一緒でええやろ?」
旅は道連れ世は情け浮名の横ぐし。死んだはずだよお富さん。ってお富さんって誰だよ! まあそこまでなら方角も一緒だし、元々街に入るつもりはなかったけどマリエさんと一緒ならまあ良いかな。
「さて、ラビ殿も起きた事だし、上様がお呼びでござるから城に行くでござるよ」
は? モンドさん、今なんて? 上様がお呼び? 嫌な予感しかしないんだけど。




