第96話:晶龍君旅籠対面記
ラビ君、あっ、起きた。ええと、出番なんだけど。ええっ、あと一話?
部屋の中には偉丈夫と偉丈夫。なんだよこれ。こんなデカいのが二人もいたんじゃ部屋が狭くて仕方ねえぞ? お二人が居るのは闘技場じゃないんですかね? ここは、狭い。
「ヴリトラか。久しいな」
「敖欽か。なるほどな。お主だったか」
親父とパイリンの父親がそれぞれお互いを見て名前を呼び合う。知り合いなのかよ、やっぱり。
「まあ積もる話はあるが座れ。私の娘をキズモノにしてくれた責任は取ってもらわんとな」
「そうだな。愚息を好きにするがいい。煮ても焼いても構わん」
なんかすごいこと言ってない!? 煮たり焼いたりされるの? オレ?
「まあここでは手狭ではあるから別の場所に行っても構わんのだが」
「その方が思い切った仕置きも出来よう。良いだろう」
仕置き!? いや、待って、待ってくださいお父様。オレが何の悪いことをしたというのですか?
「私の娘を手篭めにしたな?」
「ラビの護衛を申し付けておったのを反故にしたな?」
ひいっ!? た、た、た、確かにそれはそうなんですけど、でも待ってください。娘さんを手篭めにしたという事ですが、手篭めにされたのはむしろオレの方で。いや、十分流されましたけと。
それにラビの方はちゃんと本人と話がついてるはずなんだけど。
「お父さん、やめてください! ショウ様はちゃんと私の方から言いよって本懐を遂げさせてもらったんです。無理やりではありません!」
パイリンはオレのために父親に抗議してくれた。なんていい子なんだろう。
「ショウ様、だと? お前偽名のままでちゃんと名乗ってないのか?」
ひぃー、親父、なんで怒気を吹き出してるんですか! オレはちゃんと話そうとそう、話そうとしたんだけど、ほら、タイミングがね。
「え? ショウ様、では、ないのですか?」
みるみるパイリンの目に大粒の涙が溜まっていった。や、や、やばい! 泣かせるつもりなんてないんだけど!?
オレは慌ててパイリンを抱き締めた。
「パイリン! お、オレはヴリトラとティアマトの子で晶龍って言うんだ。だからショウで間違ってない! むしろそんな風に呼ばれたいんだ!」
「ショウ様……」
ほっ、どうやら泣き止んでくれたようだ。何故か敖欽とかいう義父もほっとしてるけど。
「あのパイリンとかいう子はお主の血を濃く継いでいるのだな」
「そうだ。白鈴は水神たる私の血を継いでいる。感情が高まればこの街程度ならば一晩も経たずに水没するな」
いやいや、そんな子置いて行ったの? あの、それってこないだの誘拐とか危なかったんじゃ……
「私にあって記憶が戻らなければ普通の人間で生活できたのだがな。まさかヴリトラの息子が来るとは」
深いため息を吐く敖欽。なんでも自分の加護はついてるから少々危なくなっても生命に危険は無いらしい。もちろんそんじょそこらの刃物とか刃が立たないんだって。漢字が違う? いや、これで合ってるよ。
「すまんな、お前と鈴花には龍族と関わらせたくなかったんだが。何せ龍族というのは自分勝手で傍若無人だからな」
ええと、それって自分にもブーメランになってないですかね? あ、自覚していらっしゃる。自嘲の意味も込めてる、なるほど。
「仕方あるまい。帰るぞ、晶龍」
「え? 親父? お、オレはこの旅籠でやることが」
「バカモノ! お前とそこの娘、パイリン殿との祝言の準備があるであろうが。本来なら成龍の儀式を終えてから然るべき相手を見つけるはずだったんだが」
「祝言って結婚式かよ! な、何やるんだ?」
「とりあえず母親への挨拶だな。敖欽殿の第一夫人にもだが、うちの母さんにもな」
うちの母さんって、うちの母さん? いや、待て、それ以前に第一夫人って、パイリンの母親以外にも奥さんがいるのかよ! とんだ色ボケ野郎だな!
「勘違いしているかもしれぬが、人間の妻は雪路だけだ。第一夫人はパートナーみたいなものだな。政に必要だからな。王として当然の事だ」
ええと、王として? という事は王様なの?
「阿呆。敖欽は四海を纏める龍王の一人、南海の広利王だからな」
そういえば海には海の龍王が居るって聞いた事がある。世界の四海を分割統治してるんだとか。ここは東じゃなくて南の領域なんだな。え? 治めてるのはもっと南でここは東の兄が治めてるところ? ああ、自分のお膝元だと自由にできないってことか。
「ってことは」
「先にティアマトのところに行くぞ」
「ひいっ!?」
お母様のところに戻れと? オレに死ねって言うのかよ! 頼むよ、親父、何とかしてくれ。お母様が怒ったら嵐じゃすまねえんだからさ。
「我々も同道しよう。旅籠は……そうだな部下を派遣するか。リンファは留守番だな」
「私も行きます」
パイリンはうちのお母様に挨拶しないといけないのね。よし、怖がってる場合じゃない。覚悟を決めるぞ!




