第95話:晶龍君旅籠繁盛記
ラビ君? ラビ君、起きなさい、出番だよ。えっ? まだ起きない? 仕方ないなあ、よし、晶龍君の方を映せ!(楽屋裏での会話)
「いらっしゃいませ! ご利用は旅籠ですか?」
「んだ。江戸に行くだよ」
「こちらへ。お部屋にご案内します」
邯鄲に行く客はそこまで居なかったのに、突然、江戸とやらに行く客が増えてきた。何かあったんだろうか。もしかしたらラビたちかな?
このオレ、晶龍はこの旅籠の亭主をやっている。あ、亭主ってのは宿屋とか茶店の主の意味だ。決して夫とかそういう意味ではない。いや、その、パイリンのことはちゃんとするつもりだ。
そう、パイリンとリンファだ。この二人、人間かと思っていたら実は半分は人間だが、半分は違う、オレと同族みたいだ。その、パイリンとしか試してないがしっくり来たからなあ。いや、でも人間形態であれだけ気持ちいいってどれだけ……はっ、いかんいかん、仕事しなければ。
「いらっしゃいませ!」
入って来たのは偉丈夫と呼べるような大男だ。ただもんじゃない。
「お前は誰だ?」
「は? いや、オレはここの亭主なんだが」
「なんだと? 貴様がか? おのれ、パイリンとリンファはどうした!」
オレが亭主を名乗ったらその男が突然激昂し始めた。パイリンとリンファの知り合い? という事はもしかしてこいつが。
「お父さん!?」
騒ぎを聞きつけたパイリンが玄関先で素っ頓狂な声を上げた。やはり父親なのか。借金を残して消えた父親!
「積もる話もある。上がらせてもらうぞ」
「あ、う、うん。そうだね」
パイリンは何やら戸惑ってる感じだ。何があったのだろうか? 普通に糾弾してやれば良かったのに。
「私の事を父と呼ぶからにはもう封印は解けたのだな」
奥座敷、オレとパイリンが暮らしてる部屋に案内し、座布団に座ってもらった。テーブルには来客用の羊羹を出している。
「はい、混乱していますが思い出しました」
パイリンが父親のそばじゃなくてオレの側に居るのは嬉しい。
「そうか。まずは済まなかった。、パイリン。あのような者に妻を、雪路を任せるのではなかった」
えっ? 妻を任せる? どういう事?
「申し訳ありません、ショウ様。私の記憶が封印されていて、借金を作ったものを父親と思っていたようです」
ほへ? どういう事なんだろう? と思っていたら偉丈夫が教えてくれた。
元々、雪路という人間の女性に一目惚れし、旅籠まで作って求婚したんだそうな。そしてパイリンとリンファが産まれた。だが、人の身で龍族との子を孕み、二度も産むのは身体にかなりの負担がかかったようだ。
そこでこの偉丈夫は金を渡して旅籠を切り盛りするのと雪路の世話をさせる為に秋三という小間使いを雇い入れた。
この秋三が偉丈夫が居た間は良かったのだが、少し間が空いたら賭博にのめり込み、薬代も持って逃げたんだそうな。雪路は死んで秋三は怒り狂ったこの偉丈夫にバラバラにされたんだそうな。比喩じゃなさそうだ。
で、パイリンやリンファは記憶を書き換えられ、父親は夜逃げをしたと思い込んだそうだ。もちろんこの偉丈夫が陰ながら援助していたらしい。
異変が起きたのは少し前。江戸が見えなくなり、邯鄲などという紛い物の都が出来てからだ。
ってあれ、紛い物なの? そんなの初めて知ったんだけど。てことは都市一個出現させたのか? すげぇな。
その影響からか、良くない人間が御宇まで跳梁跋扈するようになってきたらしい。
で、こと、ここに至っては、と思いたちこの龍族の人が介入に来たという場だ。しかし、それだったら借金取りをブレスで片付けてしまえば終わりだったんだなと思わなくもないが。
「そういえばあんた、なんて龍だ? うちの親は両方古龍だからな。そんじょそこらの龍とは格が違うぜ」
「ほほう? ティアマトとヴリトラの息子か。でかくなったものだ」
!? こいつ、オレを知ってる? どうする? 敵ではなさそうだが。
「御免! 誰か居らぬか?」
入口から重低音が聞こえる。身体の芯からビリビリくるこの感覚。覚えがある。あり過ぎる。
「むう、客人か? まあいい。続きは明日かな。今日はここに泊めてもらうが良いな?」
これは否とは言わせないセリフ! いやまあ良いんですけどね。オレは一礼して急いで玄関に向かった。そこには頭を撫でられているパイリンと先程の男に負けないくらいの偉丈夫が居た。
「……何しに来たんだよ」
「ばかものが! ラビのことを任せたのにほっぽって宿屋暮しをしていればそれは怒るわい」
ごもっともでございます、お父様。というかヴリトラはテイマーにテイムされていたはずなんだが、そっちはいいの?
「上がらせてもらうぞ!」
そう言うと親父はづかづかと奥座敷へと入って来た。あ、ちゃんと履物は脱いだんだな。って知ってたのかよ。というかこのままだとあの偉丈夫と偉丈夫、龍と龍がぶつかる! そしてオレの親父はヴリトラだ。勝負になるのか?




