第93話:江戸(こうと)に戻ろう(マリエ視点)
ラビ君起きないのでマリエさんお願いします(笑)
今でも目の前で起こったことが信じられない。私は弱い。この中で一番、ダントツに。篝火が、クロが守ってくれなかったらとうの昔に死んでいただろう。
でも、一番弱いのはラビ君だと思ってた。マスコットだもんね。ホーンラビットは昔見た事ある。彼らは白とかピンク色とかだったけどラビ君は赤かった。少し変わった子だなって思ってたんだ。
目の前で起きたのは戦闘と呼ぶことさえはばかられる単なる蹂躙。いや、蹂躙と呼ばれる体さえなしていない。やった事はと言えば少しの間ラビ君が敵たちを睨みつけた事。そして発狂した敵のボスが崩れ落ちて消滅した事。何をやったのか全く分からない。
「マリエ、ラビ殿を抱えてくりゃれ」
「う、うん、わかったよ」
体積はあるけど大して重くないラビ君。モンドさんの手が塞がるのはまずいものね。まだ敵が出てくるかもしれないし。柔らかいなあ。
突然城が揺れる。何かが剥げ落ちるかのようにボロボロと街が崩れ去っていく。街の中に居た虚ろな目をした人たちは大丈夫なのだろうか?
「幸奈! 幸太郎!」
モンドさんが街中に向かって走り出した。いや、街中が何処なのかすら分からないくらいに景色がぐちゃぐちゃになっている。
「マリエ、モンドは行かせておあげ。わっちらは一応脱出するんよ」
篝火が言う通りだ。何が起きてるかは分からないけど、このままここに居るのもなって思う。
「篝火、お願い」
「わっちよりクロに言っておくんなまし」
「をん!」
クロは任せとけとばかりに私を背中に乗せて走り出した。いつも思うんだけど、クロの背中に乗ってる時の安定感は半端ない。ラビ君を抱えていても落ちる気がしないもの。
街の景色が粗方剥がれ落ちた後には遥かな草原が広がっていた。少し先にはモンドさんが転がっている。
「幸奈……幸太郎……」
何やら涙ぐんでいるが見つからなかったということだろうか。でもまああのジョーカーという奴は幻覚の使い手だったらしいから恐らく今頃は。
「モンドさん、起きてください」
「マリエ殿、拙者は拙者はぁ!」
「落ち着いてください。江戸まで戻りましょう」
「今更どの面を下げて戻れるというのだ! あんな、何もない街に!」
どうやらモンドさんは私とは違うことを考えているみたい。とりあえず引きずってでも行きましょうか。お願いね、篝火。
途中で馬車やら居ないものかと思ったけど現実は非常である。歩いていくと一週間くらいかかるからね。クロの背中に乗って走っていくんだよ。篝火はモンドさんを掴んでふわふわ飛んでる。正直、私がいない方がこの子たちも自由に動けるんだよね。
「見えたでござる……ややっ!?」
モンドさんの目が見開かれた。門番が、江戸の正門に門番が居るのだ。
「止まれぇ、止まれ!」
「むむっ、面妖な!」
あの、なんでこっちに槍を向けてきてるんですかね? 私は単なるテイマーで怪しいものではありませんよお!
「あいや、待たれい! 拙者でござる。三芳野幸之助でござるよ!」
「三芳野殿? ……おおっ、確かに三芳野殿でござる。生きて居られたか」
「生きておったかは失礼でござるよ。この者たちは拙者の連れでござる。安全は心配しなくていいでござるよ」
「ま、まあ、三芳野殿程の実力者が言うなら間違いはあるまい。通ってよし!」
門番は道を空けてくれた。モンドさんは「かたじけない!」と言うと私たちを置いて走って行ってしまった。あの、身元の保証をしたのはあなたでは?
「はっはっはっ、三芳野殿なら仕方あるまい。とんでもない愛妻家だからな」
「そうそう、息子の誕生日を祝う為に上様からの呼び出しを無視したくらいだ」
えっ、上様って主だよね? 主君に仕えてるのに呼び出し無視していいの?
「三芳野殿はこの国でも有数の使い手、多少のわがままならば上様もお咎めにならぬさ」
「それに、子どもの誕生日と重なったからという理由を聞いて納得すると共に贈り物まで下賜されたぐらいだからな」
どうやら上様という方も心の広いお方のようだ。下町におりて暴れたりしてるのかもしれない。
私たちはそのまま門の中に入る。活気の溢れる声がそこには満ちていた。店先には商品が並び、呼び込みの小僧が声を張り上げている。私は愛想笑いをしながら歩を進めた。
やがて、喧騒がおさまり、モンドさんの家がある場所に辿り着いた。身なりがきちんとした女性が歩いていて、貴族街なのかなと思うほどだ。
「幸奈、幸奈あ! 幸太郎も、おおお!」
家の奥からモンドさんの声が聞こえる。どうやら奥にいるらしい。
「まあまああなた、そんなに泣くなど武士の名折れですよ。ねえ、幸太郎」
「あい!」
どうやら幸太郎君は年端もいかない程の年齢のようだ。
「表のお方、どうかお入りくださいな。どうやら主人が世話になったみたいですし」
幸奈さんらしき方から声を掛けられた。ま、まあ、それじゃあお言葉に甘えて。




