第88話:邯鄲(かんたん)の怪人
ぶっちゃけで言うと、ラビ君が自分の力を使いこなしたら相手にもなりません。
「こ、ここまでか? 申し訳ありません、ジョーカー様!」
「そのジョーカーとかいう奴は何者なのでござるか?」
「話す訳がない」
「まあそれもそうだな」
猿猴は腕を失っている。ぼく以外のみんなは割と消耗している。それほどまでにあの咆哮はダメージが残ったらしい。人間って手を使わなきゃ耳が塞げないなんて不便だよね。
ん? 猿猴の身体が血の海に少しずつ沈んでいるみたいになってるぞ? ゆっくりだから気づかなきゃスルーしちゃうかも。
『篝火さん、あいつ沈んでる』
「なっ!? 逃がすものかよ! 縛鎖陣」
ぼくの言葉に篝火さんは慌てて猿猴の身体を縛り付けた。狼狽える猿猴。
「クソッ、なんでバレたんだ。見づらいように少しずつ幻覚を混ぜていたのに!」
どうやら逃げる為に残像に隠れてやってたらしい。ぼくのところからは見え見えだったよ。
「おい、喋るでござるよ。生命まで取ろうとは思わんでござる」
モンドさんが猿猴を説得に出た。いや、でもそれだけ殺気振りまいてたら説得力ないんでは?
「やなこった。喋ったらジョーカー様にぶっ殺されるし、死んだ後も苦しむ事になる。そんなのは真っ平御免だ!」
どうやらジョーカー様とやらがよっぽど恐ろしいらしい。不思議なものだ。ここにそのジョーカー様とやらは居ないと思うんだけど。
「ジョーカー様にかかればお前らなぞひとひねりよ」
「それならば情報を出しても構わないんじゃないのか?」
「あの方は裏切りは許さんからな。どこにでも目があり、どこからでも手が延びる」
猿猴よりも手が長いの? なんだか大変そうな人だね。まあ人ではなさそうだけど。
「困っているようだねえ、猿猴」
「ジョ、ジョーカー様!?」
その時、宙空にすっと黒い影が浮かんだ。真っ黒なマントに真っ黒な兜。顔は真っ黒な仮面を着けている。昔グレンが言ってた「厨二病」とかいう病気の人の格好だ。目を合わせてはいけないと教わってる。
「私の名を呼ぶなんて隠す気あるのかい?」
「ひいっ、すいません」
「まあいい、そこの男」
「拙者でござるか?」
「住民は生きてるよ。まあ私の膝元でね。邯鄲。この世に出現した楽園の名前だよ」
どうやら彼の言い分によれば邯鄲に行けばモンドさんの家族は見つかるらしい。そして恐らく公方様も。
「そこの女」
「わっちかえ?」
「貴様じゃあない。獣臭い。清らかなる女よ。邯鄲にきたあかつきにはそなたを側妃として迎えよう。どうだ?」
どうやら今度はマリエさんを口説きにかかってるらしい。人間の美醜はあまりよく分からないけどマリエさんはいいひとだからね。一緒にいると心地良いし。
「お、お断りします。そういうのはわたしは、まだ」
どうやら誰が相手でもダメそうな理由だった。
「では、邯鄲へ来るがいい。待っているぞ。猿猴、お前も邯鄲まで退くのだ」
「ははっ! ありがとうございます。では、我はこれで」
そう言ってジョーカーが手を振ると篝火の鎖がバチンと断たれた。猿猴は自由の身を噛み締めるように残った腕を回した。
「猿猴、先に行け。私は一人二人導いてからいくよ」
辺りが真っ赤に染る。夕焼けよりも赤い色。そう、何を勝負するのか分からないけど、マリーが勝負服って行って、ブリジットが仕舞えと怒鳴っていたやつだ。恐らくは戦闘服のような物なのだろう。それに加えて薄いのは動きを阻害しないためかも。
「さて、何人耐え切れるかな? 空間歪曲」
宙に穴が空いて、そこがぐるぐると渦巻いている。回転の方向からして反時計回りだ。左回りとも言う。
「ぐっ、吸い込まれるでござる!」
「キャインキャイン」
「マリエ!」
「このままでは」
ええと、ぼくには床でじたばたしてるみんなにしか見えない。あれ。泳げない人が地べたで動かし方チェックするみたいな。
「ほほう? そこのホーンラビット、なにものだい? 私の幻覚が効いてないみたいだし」
えっ、幻覚? そう言われてみればそうかも。これはあれかな? エリンとか葛葉とかの幻覚に慣れちゃったからかな?
「持ち帰って解剖するのも面白そうだ。どっちみち貴様らは私の研究材にならざるを得んがな」
やつの手がぼくの身体に触れようか触れまいかってタイミングでぼくの身体が光出した。あれ? ぼくそんなの持ってたっけ?
「な、なんだ、この光は!? う、うわぁ!」
眩い光が辺りを覆う。そして目を開いたらジョーカーとやらも猿猴も消えていた。きっとさっきのは目くらましになっていたのだろう。なんだか分からないけど助かった。
「消えたでござる」
「でも行先は分かっています」
「行きますえ、邯鄲とやらに」
「をん!」
ぼく以外のみんなは邯鄲に行く気満々だ! ぼく? まあ乗りかかった船だもの。助けますよ、出来る限りね。




