第84話:霧に包まれた街
霧に包まれた街。倫敦でも良かったんですけどね。
「開門、開門でござる!」
門の前でモンドさんが大声で喋ってる。城壁はそこそこ高いからよじ登るのは難しそうだ。
「拙者でござる! 三芳野幸之助でござる!」
ミヨシノコウノスケ? それがモンドさんの本名なんだろうか? 完全に正気を失ってるような気もする。
「開いて、くだされ……」
門に縋り付く様に崩れ落ちる。そう、返答は無いのだ。中から何の気配もしない。えっ? 気配なんか読み取れないよ?
「はあ、こりゃあまた厄介な事になっとるんやねえ」
「分かるのか?」
「当然や。これでもこの篝火サンは優秀な術士やもの」
「解ける、のか?」
「それは無理やなあ。解こう思たら掛けた術士のおるところ行って解除させんと」
という事はこれだけの術をかけた人間に術を解かせないといけないのか。出来るの?
「普通やったら無理やろうけど、まあ、何とかなるんちゃう?」
篝火さんは心強い事を言ってくれる。まあモンドさんと篝火さんがいれば大抵の敵は大丈夫だよね?
『何言うてんの。ラビがおってくれるから大丈夫言うたんよ?』
『ふぇ!? ぼく!?』?
『せやせや。ほな、いっちょよろしゅうな』
そう言ってぼくの肩をポンと叩いた。えっ、うさぎに肩があるのかって? そこは突っ込まないで欲しいなあ。
『開け、ゴマ!』
ぼくは自信満々に門の前に言って大声で叫んだ。まあモンドさんとマリエさんにはなんのことか分からないのが唯一の救い……篝火さんがお腹抱えて笑ってる。
いや、違うんだよ。これはグレンに教えてもらった由緒正しい解錠の呪文なんだよ! あ、でもその時にニヤニヤしてた気もする。クソ、騙された! グレン、許さないぞ!
「はー、おっかし。まあこないなところにおってもしゃあないから邯鄲に向かうで?」
篝火さんがそう言って踵を返そうとした時だった。大きくて重い正門がゴゴゴと音を立てて開いた。
「開いた」
「嘘やん!?」
「幸奈! 幸太郎!」
モンドさんは叫ぶとそのまま門の中に吸い込まれるように入ってしまった。こうなるとぼくらも入らざるを得ない。
門の中も霧でいっぱいだった。モンドさんが何処にいるのか全く分からない。そもそもこの中に生きている人間はいるのだろうか。
「死臭はせえへんよって、屍人にはなっとらんと思うで」
「そ、そうなの? 良かったあ」
マリエさんが篝火さんの言葉に心底安心した声を出した。改めて街中を見てみる。誰も出歩いていないし、街は平屋が多くて、奥に行くとちらほらと二階建て、三階建ての建物が多くなってくる。御宇の街と似ていて木造の建物ばかりだ。
少し大きい建物がある通りに出た。入り口が開かれている家が沢山ある。そこに何やら布で出来た看板とか木の板に書いてある看板とかがある。いわゆる商店というやつだろう。
「ごめんください」
マリエさんがおずおずと声を出しながら中に入る。店の中には何やら綺麗な布がいくつも巻かれて置いてあった。反物屋、と書いていたらしい。篝火さんが教えてくれた。
もちろん店の中にも誰もいない。小銭が出しっぱなしになっていた。穴が空いているお金とかあるんだね。珍しいものだ。
一通り見て回ったけど人は居なかった。そして、それは別の店も同じだった。食料品店やら食堂やらに行った時は食べ物から湯気が出ていたりでびっくりした。
「これは、時が止まっとるみたいやねえ。なんかここだけ切り離されたみたいな」
篝火さんの言葉はその通りかもしれないと思った。なんとも不思議な街だ。進んでいくと今度は屋敷は大きくなったがそれなりに扉が閉まっている家々が並んでいた。
その内の一軒だけ、入り口が開きっぱなしになっている。扉のところには「三芳野」と書いてあった。
「みよしの、ねえ」
「それって」
『モンドさんが言ってた名前?』
ぼくらはその家の中にゆっくりと入っていった。中にはやはり誰もいない……いや、一人だけ、一人だけ布団のところで静かに泣き崩れているモンドさんの姿があった。
「モンド、さん?」
「……おお、マリエ殿、それに皆も。これは恥ずかしいところをお見せしてしまいましたな」
ゆっくりとぼくらの方を向いたモンドさんにはなんというか生きる気力が殆ど感じられなかった。
「あの、元気出してください。何があったのか分かりませんけど」
「かたじけない。でも、もういいのでござるよ。妻も子どもも全て無くしてしまったのでござるから」
妻!? 子ども!? じゃあ、さっき門のところで叫んでたのはモンドさんの奥さんと子どもさんの名前だったの? というか結婚してたんだ。
「皆には聞いてもらうでござるよ。拙者、本当の名を三芳野幸之助と申す、公儀隠密の一人でござる」
こーぎおんみつ? よく分からないけど、聞いていたら分かるかも。まあそれも構わずにモンドさんは話し始めた訳なんだけど。




