第82話:真夜中の会合
あれ、晶龍君おいてけぼりだねえ(笑)
御宇の夜は星々が綺麗に煌めく夜だった。空に一際大きく見えるのは夜刀神様の剣だという。夜風に当たりながらお酒を飲み干すモンドさん。腰に提げてる刀は手放していない。
「ラビ殿、かたじけなかった」
くるん、とぼくの方に向き直り、胡坐のままに頭を下げる。
『えっ? えっ? えっ?』
「あの付与をしてくださったのはラビ殿であろう? どういう仕組みかは分からんがなければ恐らく皆死んでいたであろう」
ぼくは何も言えなかった。だって覚えてないんだもん! 何やったの、ぼく? 頭がカーッとなってなんかが弾けた様な感覚は覚えてるけど。
「分かっておる。あのショウ殿にも言えぬ理由があるのであろう? 拙者とて言えぬ事情を抱えておるからな」
そういえば「拙者」なんだ。いつもは「オジサン」って言ってるのに。それに呼び方も「君」じゃなくて「殿」になってる。
『一体モンドさんはどんな人なの?』
「ははは、礼など要らんでござるよ。助けられたのは拙者ですからな」
そうだね、話通じないね。こりゃあどうしたものか。
「拙者、明日にはここを離れるでござる」
えっ? いやまあ別にずっと同行するとは思ってなかったし、晶龍君がパイリンさんとそういうことになっちゃったんだから流れ的には自然だけど。
「あの者が襲ってきてわかったのでござるよ。一刻の猶予もならんと」
どうしたんだろう。モンドさんはあの襲ってきたやつが何者か知ってるの?
「巻き込む訳にはいかんでござるからなあ。達者に暮らすでござる」
優しい手つきでぼくを撫でてくる。こんな優しい撫で方はグレン以来だ。えっ、ブリジット? 葛葉? アイツらがぼくを優しく撫でるもんか! 晶龍君は雑だしね。リンファさん? いやぁ、ぬいぐるみの気持ちがわかる気がするよ。
「さて、となると宿賃をどうするかなのだがなぁ」
あ、戻った。ええと、宿賃無いの? それだと出立出来なくない?
「こうなったら夜のうちにどこかの悪徳商人の家に押し込むかねぇ? あ、どこかの両替商で貸してくれないかなぁ」
意気込みは立派だが言ってることはろくでもない。ぼくが口が利けたら冒険者ギルドに行けって言うのに。
「そのお金、わっちが出してやろうか?」
いつの間に居たのか篝火さんが人間形態でするすると寄ってきた。三人は狭いと思うんだよ、この屋根。
「篝火さんがねぇ。どこまで聞いていたのかなぁ?」
「おんしがラビに頭を下げておるところからかの」
ほぼ最初からじゃないてすか!
「これは恥ずかしいところを見られましたな。場合によっては斬らねばなりますまい」
「ほほう? わっちを斬る、と?」
「敵か味方かも分かりませんからな」
えっえっえっ? どういうこと? ああ、そうか。あの煙鬼とかいう奴と戦ってた時に篝火さんは出てこなかったもんね。
「わっちはマリエの味方じゃ。それ以上でもそれ以下でもありゃんせん。マリエが殺せと言うなら殺しんす。まあマリエにその様な事は言わせたくないがの」
「拙者もマリエ殿とは特段敵対する必要を感じないでござる」
ああ、良かった。和解したのかな?
「して、金を払う、とは?」
「簡単な話よ。わっちらはこの街を出て邯鄲へ向かいんす。その護衛をして欲しいのじゃ」
「なるほど、護衛料の前払い、というやつですな」
「その通り。引き受けてくれるかや?」
「良いだろう。邯鄲までと言うなら願ってもない。拙者も邯鄲に用があり申す」
何やらトントン拍子に邯鄲行きが決まったみたいだ。
『さて、ラビ。お主はどうするんじゃ?』
『ぼく? うーん、故郷の森に帰りたいんだけど、多分邯鄲よりも先にあるんだよね』
ぼくの居た街の近くに邯鄲なんて地名はなかった。だから恐らくそういうことなんだろう。いや、人間の地名なんてよく分からなかったんだけど。
『ショウとは別れるのか?』
『そうだね。ここでパイリンさんと暮らすのがいいんじゃないかな?』
『そうか。のう、ラビや。おんしもわっちらと共に来んか? マリエは優しい子じゃぞ』
篝火さんがぼくをマリエさんにテイムしてもらうように勧誘してくる。確かにマリエさんはとても優しそうだし、悪くない話だと思う。晶龍君にテイムされてるていのぼくの所有権譲渡で済むと考えているのだろう。
実際、ぼくの所有権は誰も持ってないわけど。確かにマリエさんに保護してもらったらそれなりに幸せにはなれるんだと思う。でも、ぼくは、たった一人の相棒である、グレンの事をまだ忘れられない。ぼくの主はグレン一人なんだって思う。
『……ごめんなさい』
『……そうか』
それ以上篝火さんは何も言って来なかった。こうして夜中の会談は静かに幕を下ろしていく。




