第80話:仕掛け
男の名前は出てきませんが、まあ名も無き捨て駒って事で。
「陰陽五行を使うか」
「まあ見よう見まねだけどな」
「戯言を! あまり広範囲に被害が拡がってもと思っていたが」
男は懐から小さなお香のようなものを取り出した。そこからは何か臭いが香り出してくる。なんだろう、いい匂いだね。
「この臭い、巫蠱術か!」
「ちっ、これも知っているとはな。我らが一族の秘伝だぞ? どこで知った?」
「てめぇに言う必要ねえよ!」
晶龍君は臭いの元を何とかしようとしているのか、持っているお香に掴みかかろうとする。だけど、男は驚くべきことに晶龍君をあしらっているのだ。
「どうした? 届かんか?」
「うるせぇ! 身長さえ伸びりゃお前なんて!」
身長の問題なんだろうか。まあ「全長」になれば多少は長くなると思います。
「やっとしっぽを出した様だねぇ」
のんびりした声が後ろから掛けられた。刹那、一閃がひるがえり、チンという音とともにお香が真っ二つに割れた。
「バカな!」
「いやぁ、バカではないかなぁ」
ボリボリと頭を掻きながらモンドさんが現れた。お香からはもう臭いが出てない。真っ二つになった御札の様なものがあったからきっとあそこから出ていたんだと思う。不思議なものだ。
「逃げてみるかねぇ? 逃がすつもりはないんだけどさぁ」
「くっ、厄介な」
「崑崙の好きな様にはさせないよぉ」
「!? 貴様、崑崙の存在まで! どこで!」
「君に言う必要ないよねぇ。それとも君のバックにいる人に言いつけるかねぇ?」
「逃がすつもりもないのだろう?」
モンドさんが何やら意味不明なやり取りを繰り広げている。正直、ぼく達はおいてけぼりだ。晶龍君は……身体は動くみたい。でもだったらさっきのお香はなんだったんだ?
「ショウ、君?」
奥の方からパイリンさんがフラフラと出てきた。何やら瞳がうるうるしている。
「パイリン、奥に避難して……えっ?」
「あのね、なんか、からだが、あついの」
そう言いながら着物の前をはだけさせるパイリンさん。これは知ってる。発情期ってやつだ。人間にもやっぱり発情期ってあるんだねえ。
「いや、待って、パイリン!?」
「ショウ、君、抱いて」
「い、いや、そういうのは人の見てないところで」
「もう、そんな事ばかり言ってるんだから。でもそういうのも好きよ」
「うううううう、こっちこい!」
晶龍君はパイリンさんを抱えて奥の部屋に逃げ出した。あの男はどうでもいいの? まあモンドさんが居るからいいのか。
『ラビ、無事かや?』
『あ、篝火さん。ぼくは大丈夫です。被害者は出ましたか』
『かなり強力な媚薬みたいやったからなあ。わっちが護らねばマリエも同じ事になっとったやろうな』
なお、ちなみにリンファさんはずっとお昼寝ぐっすり生活だったので効いてなかったのは後で確認出来ました。
さて、視点を戻しましょう。モンドさんと男の勝負です。
「かくなる上は!」
おっといきなり切り札ですか? そういうのは今使うものではないと思うよ。
「まさかこれまで使う事になろうとは……おいでなさい、召鬼!」
ドロドロと何か黒いものが集まって形を生した。黒い、怨霊? なにやら顔がいくつもついてる感じがする。それでいて全体が大きな顔に見える。
『あれはやばいわ』
篝火さんが焦ったような声を出す。篝火さんにはどうにも出来ない?
『わっちの技量じゃあマリエわ護るのに精一杯じゃな。すまぬ、ラビ。わっちは戻らねばならん。あの悪霊は血肉あるものを好む』
そう言い残すとまた部屋に戻って行った。えっ、それじゃあぼくはどうなるの? あ、そうだ、モンドさんがいるじゃないか。きっと何とかしてくれる。ほら、あっという間に取り抑えた。
「あんなものまで……止めろ!」
「もう、遅い。一旦解放してしまえば生あるものを食い尽くす。私とて例外では無い」
おおう、もしかして自爆覚悟なの!? そんなのあり?
「上帝陛下、バンザイ!」
「あ〜あ、服毒しちゃったかぁ」
そう言うと男は口の中から血を流してそのまま事切れた。
「さて、じゃあこれを片付けないとねぇ。やれやれオジサンには荷が重いねぇ」
そう言いながら武器を構える。程よく反り曲がった刀だ。普通の鉄の武器に見える。
「じゃあ、行こうかねぇ!」
のんびりした口調には似つかわしくない、雷光の様な動き。モンドさんは悪霊にそのまま斬りかかった。
『シャシャシャシャシャシャ』
悪霊はそれを嘲笑うかのように避けようともしない。まるで雲を切っているみたいだ。くもーん。
『ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ』
どうやらモンドさんはああいう悪霊を斬る方法は持ってないみたい。対人なら相当強そうなんだけどなあ。かと言ってそれに強い晶龍君は奥だし……どうする?




