第78話:旅籠の行方、晶龍君の選択
パイリンさんの方がちょっとだけ歳上なのじゃよ。
旅籠に帰ると「おかえりなさい!」って喜色満面なパイリンさんが晶龍君に抱き着いた。ほほう? これは晶龍君も隅におけませんなあ。
ちなみにリンファさんがぼくの方に走り寄ってきてギューってされました。いや、そこまで痛くはないよ? 胸の膨らみはともかくとして抱き締める力が弱いからね。
モンドさんはぽつーんと寂しそうに立っていた。誰か妖艶な未亡人でも居ればなあみたいなことを呟いていたので、パイリンさんやリンファさんは対象外らしい。良かった、ロリコンは居なかったんだ。
「皆さん、この度は変な事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
旅籠の中に入って、食堂でみんなが着席するや否や、パイリンさんが頭を下げた。いやいや、悪いのはポンド商会であってパイリンさんたちじゃないから。
「気にするなよ。結構楽しかったからさ。それよりも怪我とかなさそうで良かったぜ」
晶龍君がサムズアップして隣に座っているパイリンさんに微笑んだ。白い歯っていいな。白あんど白みたいな感じで。
「その、それで差し出がましい申し出なのですが、しばらくうちに逗留していただけませんか?」
急ぐ旅、という程では無いが、ぼくは故郷の森に帰る。いや、なんというかあまり帰りたくない気もするんだよね。あの森にはグレンは居ないもの。ぼくの居場所はずっとグレンのそばだったから。
「いや、悪ぃけど先を急ぎたいんでな。別にこの旅籠が嫌って訳じゃねえんだよ」
「分かっています。何か大きい事を成し遂げようとしている様に感じます」
ぼくを故郷の森まで送るだけだよ? 別に大した事でもないんだけど。それともぼくの住んでた森が大魔境にでもなってたりする?
「次の旅の準備もあるから一週間はここに居る。ポンド商会も気になるしな」
「はい!」
もう晶龍君とパイリンさんの二人だけで世界作っといたらいいんじゃないかな? 時よ止まれ、ザ・ワールドみたいな感じで。
モンドさんはこっくりこっくりと船を漕いでいる、いや、ボートの類は苦手そうだったけど、人間やる気になればなんでも出来るもんだ。えっ? 実際にはなんにもやることない? まあまあ。
翌日、朝起きると晶龍君が宿屋の手伝いをしていた。あれ? 何やってるの?
「ラビ、おはよう」
『いや、おはようじゃなくてさ、晶龍君何やってんの?』
「旅籠を手伝ってんだよ。力になれるかどうか分からねえけど」
『晶龍君、何かあったの?』
「えっ? いや、別に。なんにもねえよ」
顔を赤くしながら言っても仕方ないと思うんだけどさ。
『あのさあ、晶龍君。もし晶龍君がここに残りたいんならそれでもいいんじゃないかな?』
「ラビ!?」
『龍の一族にとって、百年ぐらい寄り道するのはそんなに珍しい話じゃないんでしょ?』
「それは、そうだけど、でも、オレはお前と」
『渋々着いてこられても迷惑だからね。ぼくだって一人でうちまで帰るくらいは』
「わかった。ちょっと考えさせてくれ」
考えさせてくれ、だって。即答でぼくと一緒に行かないことが選択肢に入るくらいには気に入ってんじゃんか。こりゃあぼくは一人旅に戻りそうだ。
まああれだ。食料とかは野原に生えてるし、人間の街には寄れなくなるけどそもそも必要ないしね。
モンドさんは、まあ晶龍君がここに残るならサヨナラするだけの話だよ。全部が全部信用出来てる訳じゃないし。悪い人ではないとは思うけど。ぼくと二人だと話せないしね。
そうして旅籠を手伝って五日が過ぎようとしていた。晶龍君はパイリンさんと楽しそうに働いてる。二人とも笑顔だからね。それを見るリンファさんも嬉しそうだ。けど寂しいのか、ぼくを探し出しては抱っこして一緒に居るようにしている。まあ寂しくなるのは仕方ないと思うんだ。
モンドさんはふらりと外に出て夕方にふらりと帰ってくる。お金は渡してないので飲んだくれてる訳ではなさそう。逆に稼いできてるわけでもなさそうなんだよね。何をやってるんだろうか。
マリエさんも同じ旅籠に泊まっているこっちは部屋で何かやってるみたいであまり出てこないみたい。
その日、旅籠に一人の客がやってきた。人の良さそうな笑みを浮かべているそいつは前払いで一週間分の宿賃を払って滞在することになった。
一日二日ぐらいの逗留ならばこの御宇の街は別に不思議では無い。邯鄲に向かうための準備をする街らしいからね。この街と邯鄲の間には穀倉地帯が広がってるんだってさ。ぼくとしては藁とかよりかは夏草の方が美味しいからあまり嬉しくないなあ。
だから一週間もここに居るのはある意味不思議な話だ。ぼくら? 晶龍君に言ってよ。まだどうするのか全然決めてないみたいなんだけどさ。パイリンさんとの関係なんてまるで夫婦なのにね。
事態が動いたのはそれから二日。晶龍君が自らに課した約束の期日だ。まあここで別れても今生の別れになるかは分からないし、笑顔で見送ってもらおう。




