第67話:篝火(かがりび)攫われる
マリエちゃんはそのうち出てきます。
わっちは篝火。伝統ある由緒正しい妖狐の一族の一員じゃ。伝統があるのと由緒正しいのは一緒? そ、それだけ素晴らしい一族って事じゃ!
この血統に対抗出来るのは龍の一族と、吸血鬼の一族、フェンリルの群れ、古きエルフ、くらいのもんじゃ。……結構あるのう。
ともかく、そんな妖狐の一族のわっちが外の世界に来ているのには理由がある。街中に降りた時に食べた油揚げが忘れられなかった、とかではないぞ?
妖狐の一族は魔力によってしっぽの数が変わってくる。私のしっぽは四本。里の中でも多い方のわっちが村を守るための修行を命じられたという訳じゃ。
で、まずやった事は何かと言うと相方探しじゃ。人間に化けれんこともないが、先立つものは持っておらんからのう。そこで街を歩いてこれは、と思うやつのところに来たわけじゃ。
わっちのパートナーの名前はマリエ。心の優しい動物好きなおなごよ。わっちも凍えておるところを拾われたのじゃ。いや、違うんじゃ、決して行き倒れという訳ではなく、全てはマリエに拾ってもらうための手段じゃったんじゃ。
マリエは優秀なテイマーでわっちの他にはブラックドッグやホワイトタイガーなんかを従えておる。むあどっちもまだ子どもなのじゃが。
こんなところに捕らえられてしもうて、マリエは心配しとるじゃろうなあ。むっ、そうじゃ。わっちはマリエと別れたところで誘拐されてしもうたのよ。
それはこの御宇の街に着いた頃じゃった。街中を歩いておると妙にいい匂いがしてな。あれは上物の油揚げ。街に着いてマリエたちと一緒に街歩きはしたものの、油揚げの屋台は見当たらんかったから、予想外の僥倖じゃと思ったもんじゃ。
わっちはマリエが買い物をしとるその隙にちょっと様子を見て来ようと思った訳じゃ。ち、違うぞ? 他のメンバーが来たらわっちの分が少なくなってしまうなんて思ってはおらんかったからな!
ふらふらと裏路地に来たところに祠があって、そこにあった油揚げに飛びついてしもうた。思えば認識を阻害されとったんじゃろうな。一口食べたら口の中に不味さが広がり、身体をのたうち回らせるくらいに腹が痛うなった。困った事にそういうのの耐性がなくてなあ。気が付いたら首輪を嵌められて牢屋に入れられておったわけじゃ。
牢屋の中にはわっちみたいなテイムされとる魔物と泣きじゃくっとる子どもらがおった。ただ、泣いとる子はわっちを連れて来とった男どもに平手打ちされとったからな。ぐぐぐ、この身体がちゃんと動けば。
一生の不覚であったわ。あれから外には出れておらん。マリエは、別の街に行ってしまったんじゃろうか? それともまだわっちを探してくれとるじゃろうか。信じて待つしかないんじゃ。
そうしておると新入りが入って来た。十にも満たん小娘と赤いホーンラビットなのかどうかわからんやつじゃ。わっちが見ても分かるくらいの魔力量じゃというのに別に首輪もされておらん。
まあホーンラビットが魔法を使うなど聞いた事もないがな。一緒に居た小娘はマリエではなかった。まあマリエは小さいとはいえ成人はしておるからなあ。周りには頼りになる者どもも居るしここに来ることはないじゃろうて。
『あの、お話し出来ますか?』
そうこうしてると向こうから話しかけてきた。やはり普通のホーンラビットでは無いわい。
『なんじゃお主、赤いホーンラビットとは面妖な。しかもわっちの言葉が分かるじゃと?』
『ああ、はい。知り合いにも居たので』
『なんじゃと!? お主は妖狐の一族の知り合いがおるのか?』
『ええ、まあ離れて久しいですけど。あ、ぼくはラビって言います』
『そうか。わっちは篝火という。まあこんな場所でなければ喜べた出会いじゃろうが』
妖狐の一族と知り合いの赤いホーンラビット。それなのに魔法が使えんということは今までその必要がなかったという事じゃな。
『篝火さんはどうして捕まったの?』
『祠の供え物を食ったら腐っておって腹痛で苦しんどる所を捕まったんじゃ。お主は?』
『旅籠? 宿屋で留守番してたら捕まって』
『なんと、押し込みまでやりよったか。こりゃあそろそろ別の国に逃亡するつもりかもしれぬなあ』
捕まった経緯がわっちよりも恥ずかしくない、というより業を煮やしてみたいな感じになっとるの。これはここを引き払うのも近いということか。
それから魔力の使い方を教える事になったんじゃが……なんというかホーンラビットに教えたことはないので苦戦したものじゃ。
わっちらは魔力が「視える」から魔力がどう動いとるかとかはすんなり分かる。だが、ホーンラビットにその様な知覚はない。
一通りやっても出来ないので攻撃で覚えさせることにしよう。おあつらえ向きに向こうから賊の人間が近付いて来ておる。あやつに犠牲になってもらうとしよう。




