第59話:草原の部族
巫女姫様の名前で悩みました。大統領の娘の名前を使ったよ!
遥か草原をひと握みの雲があてもなくさまよい飛んでいく。山もなく谷もなく、まではいいんだけど、見えるのは騎馬に乗った男の人たち。遠くの方にはゲルとかパオとか呼ばれてるテントがある。天井にふんどし姿の妖精は居ないよね?
「お前たち、我々のユルトに何の用だ?」
ゲルでもパオでもなかった! 喋ったのは逞しい筋肉で上半身裸の褐色肌の男性。手には弓を番えている。周りの男たちも弓を番えてこっちに向けている。なんで?
「ぼ、ぼくたちはあやしいものではありません!」
「自分たちをあやしいものなどと言うやつは居ないからな!」
どうやら弓からは手を離してくれないみたいです。そりゃあそうかもしれないけど、単なる旅人ですよ?
「砂漠の怪物に乗って来たのは見ていたのだ!」
「貴様らは怪物の手先だろう?」
「そうだそうだ!」
あー、蜃さんに乗っていたのがバレてたのか。かなり手前で降りたはずなんだが。
「いや、待ってください。ぼくらは単なる旅人なんです」
「それならば何故交易路を通らずにこちら側から来ているのだ!」
「そうだ。この先は果てなき砂漠。来るものの戻ってくるもののいない!」
どうやらこの先に街があるのも知らないらしい。砂漠を渡っている途中に色々されるのだろうか。ぼくらはほら、蜃さんが乗せてくれたから事なきを得たけどね。
しかし、困ったな。このままだとぼくたちは射抜かれておしまいになっちゃう。いや、そこは大丈夫か。晶龍君だもんね。人間の弓矢なんて通じる訳もなく。問題はぼくだよ! ほら、ホーンラビットだから弓矢ってものには若干恐怖心がね?
「まあ待ちなさい。見たところまだ小さな子供では無いですか」
「巫女姫! ですが、こやつらはあの砂漠を化け物に乗って来たのですぞ!」
「世の中にはテイマーなどと言う魔物を使役するもの達がおります。この者もそうなのでは。それに」
巫女姫様の視線はぼくに注がれている。なんだろう、ぼくは食べても美味しくないよ! いや、ホーンラビットの肉は美味しいって言われてるけど、ぼくは赤い特別変異だからね。きっと肉も赤身ばかりで……えっ? 赤身は美味しい?
「本当に可愛いわ、この子」
にっこりと微笑んでくれた。どうやら食べられることは無いようだ。
「あなた、お名前は?」
「ショウ、です」
巫女姫はにっこりと笑うと晶龍君の耳元にコソッと耳打ちしてきた。そう、「本当のお名前は後で教えてね」だってさ。一体何者なのだろう?
「トゥグリル、この者たちを招き入れます」
「は? しかし巫女姫、こいつらは」
「私が安全を保証します。いつまでも弓を番えているのをやめなさい。私がそばにいるんですよ? 当たったらどうするのですか?」
「くっ」
そう言うとトゥグリルと呼ばれた筋肉男は素直に腕を下ろした。
「私の名前は後で教えます。今は巫女姫と呼んでください」
「わかった、巫女姫。ありがとう」
「そちらの方が素敵ですわよ」
くすくすと楽しそうに笑う巫女姫。ぼくらはユルトと呼ばれた中でもいちばん大きいテントに通された。
中はそこそこの広さで謁見の間よりは少し狭い感じだ。巫女姫はゆっくりと前に進んで真ん中の一段高い場所に座った。
「私はアシュリー。巫女姫としてこの部族を率いているものだ。砂漠の見張り番などと呼ばれています。あなた方はどうやってあの化け物を手懐けたのか教えていただけませんか?」
巫女姫様のお名前はアシュリーというらしい。しかし、いきなりというのはいささか乱暴ではないだろうか?
「まずは食事でもしながら旅の話を聞かせてくださいな」
などと言ってアシュリーさんはぼくと晶龍君の前に食事を運ばせてきた。お肉だ。いや、ホーンラビットにお肉を勧めるってどうなってんの? ぼくは草食だよ? 肉なんて食べるはずがないじゃないか。
「遠慮せずに、お肉、お好きでしょう?」
ニコニコしながら言うアシュリーに晶龍君があからさまな警戒を示した。
「あんた、何者だ?」
「さっきから言っておりますよ。私は巫女姫です」
「それだけじゃ納得出来ねえけど。まあメシの礼に話ぐらいはしてやるぜ。ラビは外で草でも食べてな」
いや、確かにぼくは出されたお肉は食べられないけど、晶龍君一人にして大丈夫なの? 寂しくない?
「いい加減にしねえと小突くぞ?」
「うわー、こわーい。殴られる前に退散するね。ごゆっくり〜」
ぼくはそのままユルトの外に出た。外にはさっきのトゥグリルを初めとした屈強な男たちが見張っている。
ここはぼくの必殺技だ! 愛FULL拳奥義、つぶらな瞳! うるうるしてれば更によし! よぉし、聞いてる聞いてる。これを見ればぼくにメロメロに……むっ、耐えただと? それならば……いやいいか。とりあえずその辺の草食べてよっと。お腹も空いたしね。




