第48話:ワラキアの昼
名前がヴラドだとそのままかなって。
そしてグリード子爵の家に出頭する日が来た。その日までアスタコイデスさんと同じ宿に泊まらせてもらえたのは助かった。晶龍君曰く、前の宿でも襲撃があったんだって。聞いてないよ?
「ショウ君、いや、晶龍殿は堂々としてるんだな」
「よせやい、呼び捨てでいいよ。姉ちゃんの方が歳上だもん」
「む? しかし龍というものは長生きと聞いたが?」
「長生きな種別だからって長く生きてるって訳じゃないんだよなあ」
「それもそうか」
龍の一族は大きさ的には二十年掛けて大きくなるそうだ。それに伴って人化の術はそれと同じくらいの年齢の人間になるそうだ。で、それ以降はある程度自由に化けられるんだって。ヴリトラは若いお兄さんの姿が多かった気がする。ティアマトは「私は十七歳だもの」って言ってた。何十年前から十七歳なのかは聞いてはいけないと思う。
グリード子爵の館はデカかった。領主様の御屋敷よりもずっと大きい。門のところにいる衛兵に通してもらって中に入るとメイドさんがぼくらを応接室に案内してくれた。
応接室には先客がいた。と言ってもヨクバルさんとラシードさんだ。マーサさんは居ないらしい。占い師には用は無いのだろう。ぼくら四人と一匹(ぼくの事だよ)が揃って待っていてもグリード子爵は一向に姿を表さない。
「まもなくお越しになられます」
メイドさんがそう伝えて来たのは屋敷に来て二時間ほど経過した頃だった。晶龍君なんか寝てるよ? アスタコイデスさんは図太いななんて笑ってた。他の三人はずっと緊張してたみたい。やっぱり青い血の人と会うのは緊張するのかな?
「待たせたようだな」
ノックもなしに偉そうな素振りでズカズカと入って来たのは小太りの男だった。指にはゴテゴテに指輪を嵌めており、服装は白のスーツみたいなやつだったけども、ネックレスなどの装飾品で飾られていた。両脇にはメイドが二名控えており、こちらは静かに頭を下げていた。
「おい、貴様ら、貴族であるこの俺が来てやったというのに立ち上がって迎える事も出来んのか?」
「これは……申し訳ありません」
ヨクバルさんがわざとらしいくらいに恭しく跪く。小太りの男は一瞥して、興味無さそうにドカッとソファに座った。
「俺がアモン・グリードだ。子爵を賜っている。ひれ伏せ愚民ども」
「アモン殿、私はあなたに雇われた身。それなのに何故私を殺そうとしたのか、説明して貰えませんか?」
「説明? 愚民に説明してやる義理などないのだが。そう言うなら説明してやろう。お前がトロトロして依頼を達成出来なかったからだ。単なる事故だよ」
「そんな事で納得できるとお思いか?」
アモンはニヤリと笑った。
「納得? そんなものする必要などない。俺の命令に従わなければ始末するだけだ」
「どこまで虚仮にすれば」
「おおっと、怖い怖い。ところでな、俺はお前らに何も無しに会うなんて事はしないんだよ」
いきなりなんか訳の分からないことを言い出したぞ?
「俺の執事を退けたお前らに残念ながら俺は勝てんだろう。だがな、世界は広いぞ? 俺の後ろ盾になってくださった方がいらっしゃるのだ!」
ええと、つまりこの盗賊使ってウハウハスキームに乗っかろうとした貴族がいる、そしてその貴族は子爵なんか比べ物にならない高位貴族って事なのだろうか?
「どうぞ、ワラキア侯爵!」
バンっと扉が開いて、そこに騎士と共に入ってきたのは美貌の偉丈夫。おそらくは普通に戦っても強いと思う。それに加えて騎士が何人も。力でも権力でも抑え込むつもりらしい。
「この様な人の世の茶番に付き合うのも骨が折れるのだがな」
ワラキア侯爵の目が赤く光った。あれは、魅了眼!? この人、何者?
「ほほう、魅了の魔眼に耐えるか。そこの小僧とペットもだな」
「って、てめぇ、何、者だ?」
「私はワラキア。真祖の吸血鬼だよ。ハイデイライトウォーカーというやつだ。陽の光が平気な吸血鬼。伝説にくらいは聞いた事あるだろう?」
高笑いするワラキア。あー、うん、ハイデイライトウォーカーね。ぼくも一人知ってる。でもブリジット程には魔力感じないんだよね。
「跪け、命乞いをしろ。醜く泣き叫び許しを乞え!」
再び笑うワラキア。うーん、特にぼくには魅了眼効いてないんだよね? というかブリジットにも何度か魅了眼されたけど効いた記憶はなかったなあ。なんで効かないのよ!とか理不尽な八つ当たりされたっけ。ブリジット元気かなあ?
「なぜ、そこのホーンラビットは平気なのだ? 我が魔眼はホーンラビット如きなら即落ち二コマなのだが」
ぼくの即落ち二コマなんか誰も見たくないと思うよ。それよりもなんか変な気分なんだよなあ。そんなぼくの事を誰かが拾い上げた。晶龍君はまだ膝着いてるし、誰だろう?
「元気そうじゃないですか、ラビ?」
あれ? ブリジットじゃないか!




