第33話:ギルド員様、拷問の時間です
ちゃんとした拷問です。
晶龍君は弾けるように部屋から飛び出した。そして何か大きなものを掴んだかと思うと、それをそのまま部屋の中に転がした。
「うわっ、何をするんだ!」
「トレイター!? あなた、ここで何やってるの?」
「いえ、その、たまたま通りかかったのですけど、部屋に引き摺り込まれれまして」
「この部屋には誰も通さないように命令しておいたはずよね?」
「そうだったんですか? 知らなかったなあ」
どう聞いても苦しい言い訳にしか聞こえない。ぼくがそう思うんだからこの人たちはきっともう分かってるはずだよ。
「ミレディーヌ、この子は?」
「トレイター。うちのギルドの事務員よ。よく気がつく働き者だと思っていたんだけど」
「なるほどね。密通者、の可能性が高いわねえ」
ヨクバルさんの目は何か情報が取れないかと舌なめずりしてる感じだ。悪寒が走ったから間違いない。ミレディーヌさんの方は顔を真っ赤にしてる。照れてる? いや、これは憤怒の気だね!
「直ぐに吐かせるわ。連行しなさい!」
「待ちなさい、ミレディーヌ」
「何で止めるのよ?」
「内通者は一人とは限らないのよ?」
「あっ……」
ヨクバルさんの言葉にミレディーヌさんは悔しそうに唇を噛んだ。晶龍君? なんかぼけっと見てる。
「ラシード、頼めるかしら?」
「分かりました。では、この場を借りて。さあ、大人しくしてもらおうか?」
「ぐっ、放せ、傭兵風情がオレに歯向かう気か?」
「残念ながらヨクバルさんの命令でね。こういうのは好きじゃないんだがなあ」
そう言ったラシードさんの顔は大変に楽しそうだった。ダウトだ、ダウト。
ラシードさんは剣を抜いて、先ずトレイターの右足の太ももに突き刺した。
「あぎゃあ!」
「まあとりあえずはここからだな。早く喋った方が身のためだぜ?」
「だ、誰が喋る……ぐわぁ」
「まあ喋らないなら喋らないで穴が増えるだけだな」
喋り終わるか終わらないかぐらいのタイミングで再びラシードさんの剣が今度は左の太ももに突き刺さった。
「お、おい、子どもの前でこんな拷問みたいな真似はやめろ!」
「まず、一つには、彼は盗賊をのした程の手練だ。これくらいじゃ動じんだろう」
まあ、晶龍君なら動じないだろうね。だって龍だし。
「もう一つはなあ、拷問みたいな真似、じゃなくて拷問なんだよ!」
「いぎゃあ!」
右と左の太ももの違う場所に再度刃を突き立てる。ラシードさんが歪んだ笑顔でやってるから、とても怖い。いや、ぼくだって、ぼくだって平気なんだい。いや、平気でなかったとしてもきっと許して貰えないと思うけど。
「早く喋らないと足が穴だらけになるぞ」
「わ、わかった、喋る。喋るから、その剣をやめてく、ぎゃわっ!」
やめてくれと言ってるのに遠慮なく刺してるラシードさん。手加減はしないんだね。まあ自分も生命を落としかけて、子どもも、ハサンも危ない目にあったんだもんな。
それから少しの時間が過ぎて、足に穴を空けられながらトレイターは紙に数人の名前を書いた。
「これは……」
「受付嬢に、取次責任者に、一般事務員に、商家担当……かなり根深いわね」
「何か共通点はあるかしら?」
「共通点……そうね、一応心当たりはあるわ」
「共通点は?」
「全員、グリード子爵の紹介よ」
「貴族……」
忌々しげにヨクバルさんは呟いた。人間というのは貴族という種類のものがいるらしい。どうやら身体に流れてるのは青い血らしいんだよね。シルバー爺の敵のクラーケンの血も青かったから、きっと仲間なのだろう。
グレンも旅の途中で貴族に目をつけられたりした。見目麗しいらしい貴族のお姫様に結婚を迫られたり、そのお姫様に横恋慕していた高位貴族の手下に追われたり、小さいお嬢さんにぼくやノワールを譲れと言われたり、いやらしいヒヒジジイに葛葉を譲れと言われたり。マリーもエリンもブリジットも言われてなくて悔しがってたけど。
『一応、オレも龍の貴族なんだぞ?』
知らないよ。晶龍君の場合は人間の国でややこしい感じになってる訳じゃなくて、ヴリトラさんやティアマトおば……お姉さんが強いからでしょ。
『なんで母上をお姉さんって呼んでるんだ?』
『いや、なんか別の呼び方で呼ぼうとしたら寒気がしちゃって』
龍の一族は強さで全てが決まる。発言権を得るために強くなるのだ。晶龍君の旅もそんな武者修行の一環だと思う。
「グリード子爵ならわからんでもないですぜ。こりゃあデカいヤマになりそうだ」
「そうね。そうするとこの子、ショウ君が危なくなるわね」
みんなの視線が晶龍君に集まる。まあ当の本人はポケーっとしてるけど。そろそらお腹が空いたくらいかな?
ぐぅーって晶龍君のお腹がなった。それを聞いて他の大人たちは一斉に笑顔を浮かべた。
「そうね、まずは腹ごしらえよね。それからどうするかは決めましょう」




