第19話:あの夜の出来事(三人称視点)
ラビの意識のない間に起こった事だよ!
「おい、どういうこったよ!」
「どうもこうも……私らには効かないけどホーンラビット程度なら確実に殺せるはずだよ」
「死んでねえじゃねえか」
「知らないよ、そんなの。こっちは殺す気で用意したんだ」
デカサラマンダーの旦那と奥さんが言い争いをしている。子どものサラマンダーが不安そうに見ていた。
「父ちゃん、母ちゃん、あいつ殺せないの?」
「ごめんねえ、あんたに怪我させたやつなんて絶対ぶっ殺すんだけと、私らがやったって証拠が残ったらイフリート様に灰にされちゃうからね」
サラマンダーは炎の精霊である。ちょっとやそっとの火では全く話にならない。なんならマグマの海で泳げるくらいだ。だが、この世の炎の化身、イフリートとなると話は違ってくる。マグマすら蒸発させることが出来るのだ。
「このまま先に行かせて、イフリート様に我々のことを言われたら」
「ああ、そうなったら我々はお終いだ。何とかしなければ」
「今なら、今なら何とかなるんじゃない?」
サラマンダーの子どもがそう言った。確かに、今あのホーンラビットも妙なガキも寝ている。人間もホーンラビットも寝てる間は無防備だ。毒とはいえ、沢山食べたんだから満足して寝ているはず。ならば今殺してやった方が親切だというもの。
「よし、やるぞ。こいつらをぶっ殺す」
「おいおい、物騒な事話してんなあ」
闇の中から声が聞こえた。
「貴様、起きていたのか?」
「あんだけ怪しい事を大声で話されてたら嫌でも起きるだろ」
「そこのホーンラビットはまだ寝てるみたいだがな」
「こいつは……まあ良いんだ。走り疲れたんだろ。ゆっくり寝せてやりてえ」
「そりゃあ奇遇だな。俺たちもゆっくり寝かせてやりてぇと思ってんだ」
晶龍は目をすっと細めた。
「ゆっくりじゃなくて永遠に、だろ?」
「分かってんじゃねえか。まずはお前からだ!」
サラマンダーの旦那は晶龍に火の玉を飛ばした。晶龍は闇の中で眩しく輝いてるそれを事も無げに裏拳で払い除けた。
「なんだと!?」
「あんまり舐めんじゃねえぞ? 古龍の血統だぜ?」
「なっ、古龍だと!?」
晶龍はそう言うと身体を変化させた。一匹の龍がそこには居た。いや、サイズ的にはそこまで大きくない。なんなら旦那サラマンダーの方が大きいくらいだ。
「くっ、こうなったら何がなんでもぶっ殺してやる!」
旦那サラマンダーは大きく息を吸い込んで炎のブレスを晶龍に放った。
「へっ、こんなトロいのに当たるか……っ!?」
晶龍は避けたりせず、その炎をまともに受けた。
「気付いたか? お前の後ろに何があるか?」
「ぐっ、卑怯もんが!」
「なんとでも言え。さあ、二人とも、俺がこの龍を抑えとくからお前らでトドメをさせ」
「わかったよ、あんた」
「へっ、腹減ってたんだよなあ。ホーンラビットの味が楽しみだ」
サラマンダーの妻と息子がジリジリとラビに忍び寄る。妻がその大きな口をラビのそばで開いた時だった。ラビがゆらりと起き上がった。
「目が覚めちまったのかい? そりゃあ運がなかったねえ。夢見心地で逝かせてやれたのに」
改めて妻が大口を開ける。そこにラビの角が回転しながら伸びて突き刺さった。
「あ? が? ぐがががががが!」
妻の頭から回転した角が突き出て、妻は絶命した。
「ひいっ」
息子は情けない悲鳴をあげた。ラビはそれにも構わずに妻の身体に近付き、かぶりついた。ただただ、咀嚼音が辺りに響いて、旦那も息子も、そして晶龍さえも呆然として見ていた。
ある程度食べ終えた後に息子の方を向く。息子は恐慌に支配されたのか、ラビに向かっていく。ラビはまた角を回転させて、息子の身体を貫いた。そしてそのまま手繰り寄せて再び咀嚼を始める。
「ラ、ラビ、お前……」
「な、なんなんだ、なんなんだこいつは!」
旦那は一目散に逃げ出そうとした。その身体が一瞬のうちに炎に包まれる。
「ふう、間に合わなんだか」
「あ、あんたは?」
「イフリートという。いや、今ではフレイという名を貰っているが」
「オレは晶龍だ。ヴリトラの息子だ」
「ほほう? あのヴリトラのなあ。確かに目元は似ておる」
「へへっ、だろ?」
イフリートは周りの惨状を見て、改めてラビを見た。
「どうやらお主はラビの敵にはならん様だな」
「当たり前だ! オレとラビは友だちだからな!」
「そうか。これからもラビを頼むぞ。グレンの目を盗んで来てみただけだから直ぐに戻らねばならん」
「まっ、待ってくれ! ラビはラビは一体どうしちまったんだ?」
イフリートは目を閉じて静かに言った。
「肉を食べたら覚醒に近付いたのだろう。案ずるな。敵対さえしなければどうということはない。では、さらばだ」
そう言うと晶龍を残してフレイは去った。晶龍は頭を整理するためにそのまま寝息を立てているラビの隣で眠りに着くのだった。




